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「四魂のかけらさえ手に入れば長居は無用」 四魂のかけらを手に、渦巻くような禍々しい妖気を漂わせる奈落が言う。それを狒狒の皮の下へ潜らせてしまう姿を目の当たりにした犬夜叉は今にも飛び掛からんばかりの気迫で奈落を睨み付けた。 「奈落てめえ…!」 「さらばだ犬夜叉」 「逃がすか!」 淡々と言ってのける奈落に怒りと焦燥感を溢れさせた犬夜叉はすぐさま地を蹴って奈落へ襲い掛からんとする。だがその瞬間、奈落の足元からひどく濃密な瘴気が大量に溢れ出し、巨大な波のようにブワ、と一同へ押し寄せた。 「瘴気! 危ねえ彩音!」 「わっ!?」 瞬く間もなく一気に地面を埋め尽くすよう広がる瘴気を咄嗟にかわした犬夜叉は背後の彩音を抱えてその場を大きく飛び退いてみせる。するとそのわずかな隙を突くように瘴気を渦巻かせた奈落が地を離れ、無数の最猛勝とともにその身を天へ昇らせていく。 「珊瑚よ…城で待っているぞ。必ずや犬夜叉を倒し…戻ってこい」 「(奈落…あいつ…信用していいのか!?)」 遠ざかる奈落を見つめる珊瑚は胸のうちに広がる疑心に顔を強張らせる。 あの男の人間離れした行動や技の数々、怪しい言動、犬夜叉たちから感じる怨みの念。それらを目の当たりにした今、あれを本当に自分の味方だと認識していいものかと疑わずにはいられなかったのだ。 たまらず眉根を寄せてしまうほど訝しんだその時、不意に背後からみ~…と小さな鳴き声が向けられる。馴染み深いその声にはっと振り返った珊瑚はこちらへ歩み寄ってくる小さな姿を目に留めると、すぐさまそれを呼び寄せるように優しく手を差し伸べた。 「雲母…お前…生きていたの…」 里が襲われたと聞いて覚悟していた別れはなく、飛びついてきた雲母はゴロゴロと喉を鳴らしながら珊瑚の首元に頭を擦りつける。 だが再会に緊張を解くことはなく。珊瑚は鋭い瞳で彼方へ消え去ろうとする奈落を見据えながら雲母の耳元に囁きかけた。 「雲母、あいつのあとを追え。もし妙なことをしたら…殺せ」 声をひそめながらも確かに告げた指示。それを受けた雲母は即座にタタッ、と駆け出し、跳び上がると同時に激しい炎を纏いながら大きな獣へと変化した。その勢いのままみるみる遠ざかる奈落を追い、宙を駆けていく。 「待ちやがれ奈落ーっ!」 雲母同様、駆け出した犬夜叉がすぐさま奈落を追おうとするが、それは突然目の前に叩き込まれた飛来骨によって阻止されてしまう。そのまま勢いよく返っていく飛来骨を目で追うよう振り返った犬夜叉は、変わらず鋭い瞳を向けてくる珊瑚の姿を目に留める。 彼女の決意は変わらないのだろう、珊瑚は受け止めた飛来骨をすぐさま構え直して強く声を張り上げた。 「お前はこの場で退治する!」 「てめえ、まだそんなことを…」 「(一刻も早くこいつを倒さねば…あたしの命が尽きる前に!!)」 犬夜叉が苛立ちに満ちた反論の声を上げようとするも、珊瑚はそれを聞かずして勢いよく地を蹴る。 自身に残された時間はわずかだ。それを理解しているからこそ珊瑚は焦燥感を湛え、その顔にいくつもの汗を滲ませ伝わせていた。そうして微塵も勢いを殺すことなく、掲げた飛来骨を力の限りで投げつけてみせる。 しかし対する犬夜叉は再び鉄砕牙を抜き、「くっ」と声を漏らしながらも襲いくる飛来骨をかわした。 「いい加減にしやがれ!」 痺れを切らしたようにその声を大きく響かせると同時にゴッ、と音を立てるほどの勢いで鉄砕牙を投げつける。するとそれは珊瑚の足元の地面へ激しく叩き込まれ、行く手を阻むように地面を大きく抉り返した。 「! しまった!」 わずかな瞬間でも足を止められたことで目測を誤り、珊瑚の手は飛来骨に届くことなく空を切ってしまう。その目の前で飛来骨が地面にぶつかり跳ね上がるその直後、犬夜叉がその隙を突くように珊瑚の眼前へ飛び込んだ。 「武器さえ取れなけりゃこっちのもん…」 「毒粉!」 襲い掛かる犬夜叉の声を遮り、負けじと手にした毒粉を地面へ投げつけ霧散させる。しかしその刹那、犬夜叉の爪が素早く振るわれ、珊瑚の顔の端をガッ、と確かに掠めた。 「(くっ、防毒面を…) !」 その一撃で防毒面を弾き飛ばされた珊瑚が咄嗟に口元を押さえて後ずさろうとしたその時、犬夜叉の手が強く珊瑚の腕を掴み込んだ。それに身構える暇もなく、犬夜叉は珊瑚を引っ張り込むようにして共に毒粉の霧から抜け出してみせる。 そんな彼の行動に、珊瑚は驚愕と戸惑いを露わにした表情で見開いた目を向けていた。 「(こいつどういうつもりだ、あたしを助ける…!? いや違う!! こいつは里を襲った仇!!)」 揺らぎかけた気持ちを強引に押し固めた次の瞬間、ドカッ、という鈍い音を強く響かせた。同時に犬夜叉が感じた、二の腕への衝撃。それでも動じる様子もなく視線を向けた彼が見たものは、決死の表情で犬夜叉の腕に刀を貫通させる珊瑚の姿であった。 「! い、犬夜叉!」 そこへ駆け寄ってきたかごめが咄嗟に焦りの声を上げる。しかし当の犬夜叉はいつまでも攻撃的な珊瑚に「てめえ…」と声を漏らしながら目を細めると、着地と同時に刀を奪い取っては痛がる素振りもなく呆気なく引き抜いてしまった。 「奈落に騙されてるのが、まだ分かんねえのか! それになっ! おめえもう血だらけじゃねえか!」 「な…に…?」 厳しく怒鳴りつけてくる犬夜叉の言葉に珊瑚は強く眉根を寄せる。その時体を伝う生暖かい感触に気が付いて視線を落とせば、自身の目を疑うほど衝撃的なものを目の当たりにした。 それは自身から溢れ出し広がる、鮮やかな血溜まり―― 「(こんなになってたなんて…痛みを感じなかったから…)」 今もなお滴り落ちるほどに血が滲み出す手のひらを見つめながら、ようやく自身の状況を理解する。意思とは裏腹に体が想像以上の限界を迎えていたことを痛いほど思い知っては、まるで落胆するように両手を突いて深く俯いていた。 そこへ、かごめと七宝が慌てた様子で駆け寄ってくる。 「犬夜叉、大丈夫!?」 「おれはな」 貫かれた瞬間を目の当たりにしていたかごめは心配そうに犬夜叉へ問うが彼は平然とした様子で答える。その時、突如目の前の珊瑚がドシャ…と崩れるように倒れ込んでしまった。 「わっ、死んだ」 「気絶よ気絶。犬夜叉、この子…背中に四魂のかけらが…」 「……どうりでな。ひでえケガしてるのは、最初から血の臭いで分かってたが…奈落の野郎、四魂のかけらを仕込んで…こいつを死ぬまで戦わせるつもりだったんだ」 そう語る犬夜叉が見つめる珊瑚は完全に意識を失い、深く目を閉ざしている。この状況に気付かせ止めることがあと少しでも遅れていれば、彼女の命は本当に失われていただろう。それほど必死に仇と信じて戦っていた珊瑚にため息をこぼした犬夜叉は、同時に、なにやら傍の者たちから物足りなさを感じて訝しむよう辺りを見回し始めた。 「おい。彩音はどこ行った」 「それが…弥勒さまと奈落を追いかけて…」 「なんだと!?」 止める間もなかったと話すかごめの言葉に目を見開いた犬夜叉は途端に表情を険しくさせる。それもそのはずだ。弥勒が一緒にいるとはいえ、二人が追っているのはあの奈落。もしそれが二人の追跡に気が付き攻撃を仕掛けてしまったら…… その思考をよぎらせた瞬間いてもたってもいられなくなった犬夜叉は弾かれるように勢いよく立ち上がった。 「(彩音…無事でいろよ!)」

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