20

「てめえ、なぜおれを襲う!!」 「黙れ半妖! 里のみんなの仇!」 手を止めて問うも、もはや聞く耳すら持たない珊瑚がもう一度怒号とともに飛来骨を放ってくる。だが犬夜叉はそんな彼女の言葉に「ん~!?」と唸るような声を上げ、たまらず肩の冥加へ問い質すような声を向けた。 「冥加じじい、あいつなに言ってんだ!?」 「さ、さあわしにはさっぱり」 「うわっ!」 冥加も同様に戸惑う様子を見せた直後、迎え討たんとした犬夜叉の足元を飛来骨が凄まじい勢いで穿ってしまう。その衝撃で大きく飛散する石をかわし、犬夜叉はなんとか距離を保とうと後方へ飛び退いていった。 ――その光景を離れた場所で見つめるかごめは身を乗り出し、落ち着かない様子で不安そうに汗を滲ませる。 「あの武器なんとかしないと…」 「ですな」 弥勒がその声に短く応答しながら右手の数珠を掴み込む。そして飛来骨が珊瑚の元へ戻ろうと旋回を見せた刹那、「風穴!」という声とともに勢いよく風穴を開いてみせた。 これで飛来骨を封じられる、そう確信に近い思いを抱いた一同であったが、風穴が巻き起こす風が飛来骨を捉えんとしたその時、突如飛来骨の陰から無数のなにかがバ…と広がるように姿を現した。 「!」 「あれは…奈落の最猛勝!」 ワン、とけたたましい羽音を鳴らすそれらの姿に揃って目を丸くする。まるで弥勒が風穴を開く時を待っていたかのように迫ってくる様を見ては、誰よりも慌てた七宝が大きく跳びはねながら声を上げた。 「いかん弥勒、吸ったら毒にやられる!」 「なぜここに…」 七宝の声と同時にジャッ、と右手を封じる弥勒がどこか悔しげに漏らす。当然だ、ここにいるとは思いもしない者の手先が突然現れ、頼みの綱である風穴を封じられてしまったのだから。 それに眉根を寄せると同時、彼らの声に振り返った犬夜叉が事態を知り、なにかを悟ったかのようにその顔をひどく強張らせていく。 「(ま、まさか…)」 胸がざわつき脳裏に嫌な予感がよぎる。そして飛来骨を受け止める珊瑚へ向き直ったその時、彼女の背後になかったはずの人影が現れていることに気が付いた。 それは白い狒狒の皮を被って佇み、悠然とこちらを見据える男―― 「奈落!!」 「くくく犬夜叉…大人しく退治屋に成敗されるが良い…」 妖しく笑みをこぼす奈落のその姿、言葉にこの事態の元凶が奴なのだと悟る。その瞬間ひどく込み上げる怒りに「てめえ…」と漏らした犬夜叉の妖気が大きくざわつきを見せた。 「ここで会ったが百年目だ!」 怒りに任せて鉄砕牙を掲げ、弾かれるように凄まじい勢いで奈落へと駆け出す。しかしそれを前にしても焦る様子などなく、奈落は目の前の珊瑚へ声をひそめるようにして忠告した。 「急いで倒せ珊瑚、“効き目”は長く続かんぞ」 「分かってる。飛来骨!」 珊瑚は振り返ることもなく短く返事をしてはすぐさま犬夜叉へ向けて飛来骨を放つ。だが犬夜叉は高く跳躍することでそれをかわし、その勢いのまま一気に奈落の目前へと飛び掛かった。 「奈落!」 そう声を荒げ大きく掲げる鉄砕牙を振り下ろそうとした――その時、突如放たれた鎖に足を絡めとられ、勢いよくそれを引かれたことで犬夜叉の体は地面へ強く叩き付けられてしまった。 「お前の相手はあたしだ!」 「てめえっ! 邪魔しやがると先にぶっ殺すぞ!」 「い、犬夜叉さま~」 奈落を前にしたことで頭に血が昇っている犬夜叉の発言に冥加が焦りの声を上げる。それでも怯むことのない珊瑚は「やってみろ!」と声を上げ、返ってきた飛来骨を受け止めながら犬夜叉へ駆けだした。 加勢しようにもそんな隙さえ見せない彼らの攻防。それを不安げに見守る彩音がやるせなさに燐蒼牙を強く握りしめた時、かごめの肩に乗った七宝が確信したように言い出した。 「あいつ、犬夜叉が里を襲ったと思っとるんじゃ」 「奈落に騙されてるのよ!」 「そうか、だからあんなに犬夜叉を…」 ようやくそれを悟り口にしていた刹那、犬夜叉へ襲い掛からんとする珊瑚の姿に彩音ははっと目を見張った。 「か、かごめっ。あの人の背中!」 「あ…!?」 彩音が咄嗟に指し示した珊瑚の背中――そこには見覚えのある淡い光がポウ…と灯されていた。 彩音とかごめにしか見えない不思議な光。間違いない、四魂のかけらだ。だがそれに気が付いたところで手出しなどできるはずもなく、彩音たちは珊瑚が闘いの手を止めてくれる術を、機会を窺うように見つめていることしかできなかった。 ――その視線の先では、放たれる飛来骨を必死に鉄砕牙で受け止め続ける犬夜叉の姿。やはりその威力は相当強力なようで、鉄砕牙を両手で抑え込んでもなお圧倒されてしまっていた。 しかし飛来骨はいわゆるブーメランだ。際限なく犬夜叉を押し続けるわけでなく、不意に鉄砕牙を離れては珊瑚の元へ戻るべくギャン、と向きを変える。 犬夜叉はその隙を狙っていた。 「武器が戻ってくる前に…」 「毒粉!」 このわずかな隙に珊瑚へ駆け寄ろうとした刹那、彼女は犬夜叉の思考を読んでいたかのように二つの玉を投げつけてきた。「はっ」と短い声を上げた犬夜叉はそれの直撃を免れるが、地面に叩き付けられ破裂したそれは途端に白い煙のようなものを広げてみせる。 それは瞬く間に犬夜叉を包むよう蔓延し、わずかに吸い込んでしまった犬夜叉はゴホ、とむせ返りながら苦痛に顔を歪めた。 「瘴気!?」 「ふっ、お前みたいな耳をしてる奴は、大体臭いに弱いんだ」 「くっ (近付けねえ)」 まるで珊瑚を守る壁のように漂う毒粉に口元を強く覆うまま、犬夜叉は後ずさるよう距離を保つことしかできない。対して珊瑚が苦しむ様子もなく平気でいられるのは恐らく身に着けている防毒面のおかげなのだろう。 そんな数多の妖怪の弱点を熟知し手慣れた行動をとる彼女の手腕を愉快そうに眺めるのは、一人悠然と腰を据える奈落であった。 「くくく…さすがは妖怪専門の退治屋」 犬夜叉が成す術を失っていく様に胡乱げな笑みを深める。しかしいつまでも静かに眺めていられるはずはなく、彼の元へザッ、と足音を立てるほど強く足を踏みしめる影が立ちはだかった。 「これはこれは法師どの」 「奈落…成敗する」 奈落に姿を見とめさせた弥勒は自身の体の前に錫杖を構えながら静かに、しかし力強く言い切ってみせる。 そこへ吹き荒ぶ風が彼の強い決意を示すように着物をはためかせ、錫杖の遊環を鳴らす。その音さえ掻き消してしまうかのように最猛勝がうるさく羽音を鳴らし飛び交う中、奈落は弥勒と相対するよう音もなく腰を上げて彼へ向き直った。 「そうはいかん。なにしろ…もうすぐ全ての四魂のかけらが、我がものになるのだからな」 「なにを企んでいるか知らんが…ここまでだ!!」 スッ、と目を細めた直後、声を荒げるとともに勢いよく奈落へ襲い掛かる。対する奈落は狒狒の皮の下ですかさず刀を抜くと振り降ろされる弥勒の錫杖を弾き返した。 それでも弥勒は手を止めることなく、奈落を圧すように絶えず何度も錫杖を叩き付けていく。奈落はそれに後ずさりながらも腕を振るい、すべて打撃を受け流し続けていた――が、次の瞬間強く振り切られた弥勒の錫杖により、刀を握る腕を容赦なく斬り飛ばされてしまった。 「「「やった!」」」 ボン、と鈍い音を立て力なく地面に落ちる腕に弥勒を見守っていた彩音、かごめ、七宝が揃って声を上げる。それでもなお弥勒は錫杖を振るい続け追い詰めていき、とうとう体勢を崩して地面に転がった奈落へと錫杖を突きつけてみせた。 「観念しろ」 もう成す術はないであろう。そう思わざるを得ない状況に弥勒がしかと告げるが、どういうわけか奈落はそこで「ふっ」と不釣り合いな笑みを浮かべてみせる。 その瞬間、切り落とされた奈落の腕が刀を強く握るままひとりでに浮かび上がっては、即座に彩音たちへ襲い掛からんとその切っ先を勢いよく迫らせた。 「なっ…」 「! 彩音さま!」 彩音の小さくも確かな驚愕の声に気が付いた弥勒がすぐさま身を翻し駆け出す。その刹那、同様に気が付いたらしい犬夜叉が素早く彩音たちの前へ飛び込み、「くっ!」と短い声を漏らしながら目の前へ迫った奈落の腕を鉄砕牙で斬り散らした。 しかしそれに安堵している暇などない。 「! 危ねえ!」 頭上から迫る飛来骨に目を見張っては咄嗟に彩音たちを抱えて強く地を蹴る。おかげで間一髪直撃は免れたのだが、激しく石が散らされるその中に素早く迫る影があった。 「あ…!?」 突如かごめから短くも強い声が上がる。それに釣られるよう視線を向けてみれば、わずかに形を保っていた奈落の手がかごめの胸元を掠めて元の体へと戻っていく様が見て取れた。 それは細かい肉片とともにビチビチビチと生々しい音を立てて寄り集まり、瞬く間に歪な腕へ再生する。 そうしてその手に掲げられたのは、馴染みある華奢なチェーンを垂らす四魂のかけらであった。 「くくく…これは、貴様らなんぞが持つものではない」 「! (四魂のかけらをとられた!!)」

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