20

ドサドサと音を立てて亡骸に土を被せていく。多くの亡骸をこうして埋葬しては、一人一人に声を掛けていた弥勒が最後の二人にも同様にそっと囁きかけた。 「迷わずご成仏を…」 その言葉が虚空へ消えると同時、さらに土を被せて覆ってしまう。やがて連なるように並んだ土の山は、それだけの被害が出てしまったという信じがたい嫌な現実をひどく物語っていた。 そこへお供えのための花を摘みに行っていたかごめが戻ってくると、彼女は彩音にその半分を渡してともに花を供えながら手を合わせていく。 すると隣で同様に手を合わせる弥勒が目を伏せるまま「残念ですな」と呟くように言った。 「里の人に色々と、話を伺いたかったのですが」 「冥加じじい、てめえ少しは知ってんだろ?」 「は…? 四魂の玉のこと…でございますか」 犬夜叉の問いかけに冥加は心当たりがあるかのようにそう返してくる。その様子に顔を上げた彩音は花を手向け終えるとともに立ち上がり、犬夜叉の肩に立つ冥加を覗き込むようにして問いかけた。 「その様子だと、冥加じーちゃんも玉のことを調べるためにここに?」 「うむ。以前から気になっておってな。そもそも四魂の玉とはなんなのか…なにしろ玉に関わった者たちは、皆不幸な目に遭っておるし…わしゃ犬夜叉さまの身が心配で心配で…」 「なんでい。おれの傍にいると危ない目にばっか遭うから、逃げたんだとばかり思ってたぜ」 「い、犬夜叉さまっっ」 意外そうに、しかし平然と言ってしまう犬夜叉の言葉に冥加が心外だと言わんばかりに高く飛び跳ねながら声を上げる。さらにはその目に大粒の涙を浮かべ、なんとも不服そうに抗議の声を大きくした。 「あんまりじゃっ、せっかく巡り逢えたというのにっ」 「悪かった。で、なんで戻ってこなかったんだ?」 「……」 沈黙。 犬夜叉の問いは都合が悪かったのか、冥加は途端に飛び跳ねるのをやめるほど固く押し黙ってしまった。だがそうなることは予想していたのだろう、かごめと七宝と彩音はそんな彼を見据えながら追い打ちを掛けるよう矢継ぎ早に問いをぶつけ始める。 「捜そうとか思わなかったの?」 「面倒くさくなったんじゃろ?」 「そのうち私たちの方から来るとか思ったんじゃない?」 「…図星なのか?」 「……」 再び、沈黙。 純粋に疑問を抱くかごめ以外の全員からとても白い目を向けられる。それだけでなくぶつけられる言葉の全てが心に突き刺さって仕方のない冥加は、いたたまれなくなったようにそっぽを向いてしまっていたのであった。 やがて一行は冥加に言われるまま、里の外れの方へと向かっていく。というのも、あの責められるような視線に耐え切れなくなった彼が咄嗟に四魂の玉の起源を教えてくれると言い出したからだ。 それには異論のない一行は冥加の案内通りに村の中を歩きながら、彼の言葉に耳を傾ける。 「この里は、工房の役割もありましてな…」 「工房?」 「退治した妖怪の骨や皮で、武器や鎧を作っておったんじゃ。そして残った亡骸は村の外れの…この鍾乳洞の中に…」 そう告げる冥加が顔を上げると同時に一行の足が止められる。その目の前、冥加が見つめる先には岩山に大きく口を開く不気味な鍾乳洞があった。 草木もほとんどなく、無骨な岩肌を晒すそこは吹き抜ける風によってゴオォォ…と唸り声のような音を立てている。 「本当にこんな場所で…四魂の玉が…?」 彩音は立ち尽くすように鍾乳洞の暗闇を見つめながら小さく呟く。たまらず疑うような言葉となってしまったのは、その鍾乳洞があまりにも陰鬱な雰囲気を纏い、立ち入ることすら躊躇ってしまうような気持ち悪さを孕んでいたからだ。 どうやらそれを感じたのは彩音だけではないようで、同様に冷や汗を滲ませるかごめが気味悪がるようにわずかに眉をひそめていた。 ――のだが、 「ってちょっと」 「平気で入ってるしっ」 「早く来いおめーら」 ふと我に返ってみればすでに犬夜叉たちは平然と足を踏み入れている様子。気味の悪い気配だけでなく、足元には妖怪のものであろう骨が大量に転がっているというにも関わらず、犬夜叉や弥勒、そしてその肩に乗る七宝までもがまるで気付いてもいないかのようにざっざっざっと足を進めているではないか。 二人にはそれが信じられなかったのだが、こんな場所に置き去りにされるのも嫌で。慌ててそのあとを追うように駆け出した二人は涙目で先を行く彼らに抗議の声を向けた。 「置いてく気!?」 「少しは待ってよバカ!」 「彩音さま、怖かったら私に寄り添って…」 「てめースケベなことする気だろ」 泣きつく二人が追いつけば一行は騒がしくその足を速めていく。そうしてざっざっと足音を雑多に鳴らしながら鍾乳洞の奥へ進んでいくに連れ、遠く前方の暗闇になにかがポウ…と輪郭を浮かび上がらせた。 それに気が付いた一行は眉をひそめながらも着実に足を進めていき、向こうに見えるそのなにかへ目を凝らす。やがてその全容が窺えるほどの距離まで辿り着いたその時、一行は視界いっぱいに広がった大きくおぞましい物体に強く目を見張った。 「え…」 「なっ…なんだこれは…」 彩音が思わず声を詰まらせると同時に犬夜叉が呟くような声を漏らす。 そんな彼らの目の前に鎮座するもの――それは様々な妖怪が境も原型も分からないほどに混ざり合い干乾びた、ひどく奇怪な塊であった。様々な場所から足のようなものが何本も生え、蛇腹の巨大な体はうねるように広がり、そこら中に妖怪の首が点々と覗いている。 その異様な物体を見つめるまま、犬夜叉は顔をしかめるように眉根を寄せて冥加に問うた。 「教えろ冥加じじい、これは…」 「見ての通り」 「見て分かんねえから聞いてんだっ」 「…」 「知らんのじゃな」 犬夜叉の問いに答えられず硬く黙り込んでしまう冥加へ七宝がきっぱりと言ってやる。どうやら彼もまだ十分な情報を集められていないらしい。それが分かる様子に呆れた彩音は、再び眼前の異様な物体へ顔を上げた。 その時、同様にそれを見つめていたかごめが目を丸くするまま呟くように言う。 「妖怪の木乃伊(ミイラ)…?」 「妖怪…でしょうか? 妖怪と一体化してしまっているが…これは…」 「人間…みたいだよね…」 弥勒の言葉に続くよう彩音が言えば、弥勒が小さく頷きを返してくれる。 そう、弥勒や彩音の言葉通り、この妖怪が混ざり合った塊の中央には今にも飲み込まれてしまいそうな状態で溶け合う人間らしき者の姿があった。長い黒髪を垂らし鎧を付けたそれは、自身を飲み込まんとする妖怪たちとともに鍾乳石の一部となってしまっている様子。 だが、気になるのはその人間の胸に空いた穴。どういうわけかくり抜かれたかのように貫通した穴が開いているのだ。しかし中にはなにも残されておらず、特になにかがあるというわけではない。 それでも彩音とかごめにはそれが嫌に気に掛かるような思いがあり、その不自然な穴を言葉もなくただ静かに見つめ続けていた。 するとそんな彼女らと同様に木乃伊を見据えていた弥勒から提案に等しい声が落とされた。 「やはりこれは…里の者に話を聞かねばなりませんな」 「とは言うものの犬夜叉…少しは休みませんか」 自身の発言を振り返りながら、弥勒は森の中の道なき道を先導する犬夜叉を引き留めようとした。だがそれを耳にした犬夜叉は「ん~?」と唸るような声を上げながらどこか不服そうに顔を振り返らせてくる。 「城に行って、奴らに会おうって言ったのはおめーだろ」 「こう歩き詰めでは、彩音さまたちが参ってしまうと言ってるんです」 平然とした態度を見せる犬夜叉へ弥勒が語気を強めると、その姿を見ていたかごめが「弥勒さま…」とどこか感心するように彼を見つめる。 すると弥勒の言葉とかごめの様子に触発されたか、黙り込んだ犬夜叉が確かめるように背後の弥勒たち全員を見回し始めた。そうして分かったのは弥勒の肩に乗る七宝が知らない間に眠っていることと、彩音とかごめの表情が見て分かるほどの疲れの色を表していること。彩音に至っては今にも寝てしまいそうなほどだ。 それにようやく気が付いた犬夜叉は彩音を見つめ、表情を変えないまま端的に問いかけた。 「つらいのか彩音」 「んー…まー…昨日からまともに寝られてないし…」 「お腹すいたし疲れたし」 ふああ、と大きなあくびをこぼす彩音に続いてかごめまでもが涙目で訴えかける。その姿を目の前で見せられた犬夜叉は「なっ…」と短い声を漏らし丸々と目を見開いた。 「なんてワガママな女どもなんだ」 「まーっ。なにそれ、今まで我慢してたのにっ!」 「かごめの言う通りだー。私たちはただの人間だぞー。このまま犬夜叉に合わせ続けてたら体が持たーーん」 たまらず食い掛かるかごめに続いてひどく眠そうな彩音が気の抜けた抗議の声を上げてくる。そんな温度差の激しい二人の様子に犬夜叉が戸惑うようたじろいでしまうと、厳しい表情を見せる弥勒がまるで追い打ちを掛けるかの如くはっきりと言い出した。 「少しは気を遣っておあげなさい。口先だけで好きだ惚れたと言ったってダメです」 「ん…? 誰かそんなこと言われてたっけ…?」 ぱちぱちぱちと感涙しながら拍手を送るかごめとは裏腹に彩音はぼんやりとした表情で首を傾げる。しかしその声は犬夜叉の肩で上げられた冥加の「え゙」という驚愕の声に容易く掻き消されてしまった。 「犬夜叉さまっ、いつの間にそーゆーことにっ」 「やかましいっ!」 「犬夜叉があの様子では、私が彩音さまをもらってしまう日も遠くないようですね、彩音さま」 犬夜叉が興奮気味に飛び跳ねる冥加へ吠えている間に弥勒がそんな声を掛けながら彩音の肩を抱き寄せる。しかしあまりの眠さにぼんやりとしている彩音は状況が分かっていないようで「んん…?」と首を傾げるばかり。 だがそんな彼女が状況を理解するよりも早く、すぐさま怖い顔をした犬夜叉が飛んできては彩音と弥勒をべり、と引き剥がしてしまった。 「おい。なんでそうなるんだスケベ坊主」 「法師ですと言っているでしょう」 険しく引き攣った顔を迫らされるが弥勒は変わらず淡々と訂正する。 そんな時、彩音に抱えられていた雲母が突然ピク、と耳を震わせて身を乗り出すように起き上がった。それはなにかに気が付きそちらを見ているよう。 その様子に気が付いた彩音が「どしたの…?」と声を掛けながら雲母の視線の先を確かめようとした――その時、遠くから草を薙ぎ払うような音が聞こえてきたかと思えば、なにかがすぐ傍の木を伐り飛ばしてしまうほどの勢いで襲い掛かってきた。 しかし、咄嗟に身を屈めた犬夜叉と弥勒に助けられる形で彩音たちは間一髪負傷を免れる。 不意を突くようなその一撃にしかと目を覚ました彩音は状況の理解が追いつかないまま、それでも自分たちを襲ったものを確かめるよう頭上を仰いだ。 そこに見えたのは、巨大なブーメランらしき武器。それが遥か頭上でギュルッ、と旋回し、勢いよく回転しながら元の方角へ戻っていく様子が見て取れた。そしてそれを目で追えば、辺りの木々が一掃されて開けたそこに、一人の女が立っているのが分かる。 その女は今しがた戻った武器――自身の身長を越える大きなそれを、怯むこともなく容易く受け止めてみせた。 「貴様が犬夜叉か! 退治する!!」 武器を片手で構え、女は毅然とした態度で立ちはだかる。そんな突然の来訪者に襲撃され退治するとまで言われた犬夜叉は驚きを隠せない様子で「なっ…」と声を漏らすが、その肩の冥加は犬夜叉とはまた違う別の驚愕を見せながら飛び跳ねた。 「さ…珊瑚!」 「え…まさか、里の人…!?」 冥加のただならぬ様子から悟った彩音が問いただすが、刹那、珊瑚と呼ばれた女は再び武器を構え、「飛来骨!」という芯の強い声とともにそれを投げ放ってきた。その姿に犬夜叉が鉄砕牙を握ると同時、ひどく焦燥感を露わにした冥加が大きく跳ね上がりながら制止の声を上げる。 「犬夜叉さま、珊瑚と争ってはならぬ!」 「そんなこと言ってる場合か!! 鉄砕牙!」 こちらも同様に名を叫びながら抜刀し、変化した鉄砕牙で飛来骨を受け止める。だが飛来骨の勢いはあまりに強く、激しい回転で鉄砕牙を叩きながら押さえ込まんとする犬夜叉ごと背後へ押していた。 そんな思わぬ力に圧倒される犬夜叉であったが、突如飛来骨は鉄砕牙を外れ、空中で旋回しては再び珊瑚の手へと戻っていく。 「こりゃ話を聞くどころじゃねーな」 手に残る飛来骨の威力に顔を強張らせ、初対面ながら自身を目の敵にする珊瑚へ皮肉混じりにこぼす。 しかしこの珊瑚という女、なぜ会ったこともない自分をこれほど憎んでいるのか。やはりそれが不可解でたまらず、犬夜叉は鉄砕牙を肩に掛けると飛来骨を構える珊瑚へ声を荒げるよう問うた。

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