07

「なにしようってんだ? 彩音」 「っ!」 不意に掛けられた声に肩を跳ね上げた直後、突然彩音の首を捉えるように背後から腕が回される。咄嗟に抵抗するようそれを掴んで振り返れば、そこには笑みもない瞳で凄むように見つめてくる飛天の姿。 彼は彩音を抑えながら、同時に雷撃刃から放つ雷撃によって犬夜叉を近付けまいと牽制していた。 「言ったはずだ。邪魔しようってんなら、容赦はしねえって…」 「っ…」 「…ふっ。予定は変更だ!」 不意に胡乱げな笑みを浮かべたかと思えば飛天は犬夜叉へ向かってそのような声を張り上げる。それに思わず肩を竦めてしまった彩音は突如体を掬われ、再び飛天の腕の中に拘束されるよう抱き上げられてしまった。 そのまま宙へ昇る飛天にすぐさま「いやっ、降ろして!」と抗議の声を上げるが、彼がそれを聞き入れるはずもなく。強く放たれた雷撃が犬夜叉へ襲い掛かり地面を穿った瞬間、飛天は犬夜叉を呼び止めるように「半妖!」という声を響かせた。 「おれはこの女が気に入った!」 「なに!?」 「この女を渡せば、今日のところは見逃してやってもいいぜ!」 突拍子もなくはっきりと告げられる言葉。それには彩音も「は…!?」という声を漏らしてしまうほど驚愕を露わにして飛天を見つめていた。だがその瞳に嘘は感じられない。ゆえに犬夜叉が「ふざけんな!」という声を上げてさらなる怒号を口にしようとしたのだが、それはス…と滑らされる雷撃刃によって止められた。 「反論なんざしてる場合か? 早くしねえとあの女とキツネのガキ、満天が殺しちまうんだぜ!?」 放たれた言葉に心臓が嫌な鼓動を打つ。瞬時に振り返ったそこには満天に首を絞められるかごめの姿があり、傍には殴り飛ばされたのだろう七宝が地面に手を突く姿が見てとれた。 明確な危機。それには犬夜叉も顔を歪めるが、再び飛天へ目を向けては鋭く射抜くよう睨み付ける。 「けっ、バカかてめえ! おれは最初から、てめえらをぶっ殺すつもりなんでいっ」 「そうかい…なら命拾いしなかったこと、今に後悔させてやるぜ!」 どうあっても退く気はないと、そんな態度を見せる犬夜叉へ飛天は勢いよく襲い掛かった。左腕に彩音を抱いたまま、右腕で容易く雷撃刃を振るい雷撃を放つ。犬夜叉は迫りくるそれを全て寸でのところでかわし続けていたが、そのたびに凄まじい破壊音を響かされる地面が穿たれていき無数の岩片が激しく散った。 その程度のこと、犬夜叉と飛天はものともしないだろう。だが二人の間に巻き込まれた彩音、彼女だけは激しい振動や耳元で鳴らされる轟音、時折体を掠める岩片などに怯え、ただ必死に飛天の体へ縋り付いていた。 「(くそっ…彩音がいると下手に攻撃できねえ!)」 雷撃刃を防ぐばかりの犬夜叉は彩音の姿に歯を食い縛る。真っ向から闘うためには彼女を助けなければならない、だが、彼女を助けるためには飛天を襲い彼の隙を作らなければならない。その際にもしもこちら側の攻撃が彩音に当たってしまったら…それを思うと攻撃に踏み出せるはずもなく、ただ振るわれる雷撃刃を防ぎかわすことしかできなかった。 恐らくはこれも、飛天の策略の一環だろう。 嫌というほど感じる飛天の卑劣なやり方に顔を歪めてしまう。どうすれば彩音に危害を加えることなく助けることができる、どうすれば飛天に隙を作ることができる。それらばかりが頭の中を巡っていたその時、思案に集中しすぎていたか僅かに足を踏み外し体勢を崩しかけた――その直後、 「なにぼーっとしてやがる!!」 「ぐっ…」 突如として突き込まれるよう振り降ろされた雷撃刃。それは犬夜叉の胸を鋭く斬りつけ、彼の体を強く弾き飛ばした。その刹那、犬夜叉の手を離れた鉄砕牙が地面へ突き刺さり、妖気を失って錆び刀へと戻ってしまう。それを横目にすぐさま起き上がろうとする犬夜叉だったが、突きつけられた雷撃刃の切っ先にそれ以上の動きを牽制された。まるで終わりだと、そう言わんばかりに。 だがその時、顔を上げた彩音が血を流す犬夜叉の姿に血相を変えてすぐさま身を乗り出そうとした。 「い、犬夜叉っ!」 「! おい。大人しくしろっ」 「うるさいっ、放して!」 「……」 犬夜叉の元へ行くべく、飛天の腕を力の限りで押しのけようともがく彩音。そんな彼女の喚きに加え腕の中で暴れられるのが気に食わなかったのか、黙り込んだ飛天はわずかに顔をしかめながらその姿を見つめていた。 すると突然飛天は地面に足を着け、拘束していた彩音を降ろしてしまう。 解放された――理由は知れずとも腕を放されたことにそう感じ取った彩音が犬夜叉へ駆け寄ろうとした、その時だった。 突如腕を掴まれ、離れようとした体がグイ、と強引に引き込まれる。直後飛天はその手を彩音の頭へ伸ばし、自身の顔へ一層近付けるように引き寄せた。二人の距離が縮まる。妖しげに細められた飛天の瞳が彩音へ迫る。それに目を見張るのが早いか、飛天は彩音の唇に自身のそれを深く重ねてしまった。 「!!」 「なっ!?」 口付けられた彩音と共に、それを見せられる犬夜叉までもが強く目を見開き驚愕を露わにする。だがそれも束の間。彩音の首裏でバチッ、と小さくも確かな音が響き、彩音がほんの短い声を微かに上げた。その瞬間彼女は力なく崩れ落ち、飛天の体へドサ…と倒れ込んでしまう。 気絶させられた。それも強引な口付けで、気を逸らして。それを目の当たりにさせられた犬夜叉は咄嗟に「てめえっ!」と声を荒げて飛天へ殴りかかろうとしたのだが、喉元へ向けられる雷撃刃がそれを制するようにグ、と突きつけられ、起き上がることもままならない。 「ふっ…なんか文句でもあるのかよ」 犬夜叉が動けない姿を前に飛天は嘲笑を浮かべる。本当は雷撃刃を喰らってでも彩音を救い出すべきだと思っていた。だがその彼女は敵である飛天の腕の中。下手な動きをすれば彼女に被害が及び兼ねず、どうすることもできない状況に犬夜叉はただ唇を噛みしめていた。 そんな彼の姿に呆れたのか、飛天は変わらず嘲笑うように「腰抜けが…」と呟き、雷撃刃の柄を強く握り直した。 「てめえはゆっくり手間かけて手足でももいでやろうか。そのあとは彩音…お前の相手だ」 犬夜叉に向けていた薄ら笑いを自身の体に寄りかかる彩音へ移す。彩音はわずかに苦しげな表情のまま硬く瞼を閉ざしており、吹き抜ける不穏な風に力なく髪を揺らしていた。 飛天の電撃を直接流し込まれたのだ、そう簡単に目を覚ますことはないだろう。それを感じさせられるような彼女の姿に犬夜叉はたちまち焦りを募らせていた。 「(早くしねえとかごめだって危ねえ…)」 横目でかごめたちの様子を窺えば、変わらず満天に手を掛けられるままの姿が見える。どうやらかごめの意識はまだあるようだが、だからといって慢心してなどいられない。どちらも早く救わなければ…だが、一体どちらを優先するべきなのか。それすら悩まされる状況にたまらず舌打ちをこぼしてしまえば、それを聞き逃さなかった飛天はニヤ、と不敵な笑みを浮かべてくる。 「どうした半妖…悔しいか」 「……やかましい! さっさと彩音を放しやがれっ」 「ふっ、彩音がいると手を出せねえってか」 怒鳴り付ける犬夜叉に対し、挑発するように彩音を抱き上げ笑みを深める飛天。図星を突かれた犬夜叉はギリ…と歯を食い縛るほかなく、その様子を見た飛天は雷撃刃をわずかに犬夜叉へ迫らせながら言いやった。 「不死を利用して彩音ごと襲っちまえばよかったものを…ざまあねえな。てめえが守りたかった女の力、おれたちがもらい受けるぜ」 「なっ…」 どこか自慢げに語られた飛天の言葉に愕然とする。逃げるためとはいえ、まさか彩音自身の口からそれが語られているなどとは思いもしなかったのだ。だが実際に飛天はそれを知らされており、あろうことか我がものにしようとしている。それを思うとより一層の焦燥感が駆り立てられ、犬夜叉はさらに強く歯を食い縛った。そして大きく血の滲む胸を押さえ、血に塗れた拳を握りしめる。 「誰がそんなこと許すかよ…飛刃血爪!」 静かに飛天を睨み上げた直後、犬夜叉は血濡れの手で空気を薙ぐように振り切った。その瞬間に放たれたいくつもの血の刃は全て飛天の足元を目掛け、彩音には掠りもしないほど低く飛天を襲う。すると飛天は初めて目にする技を不意に放たれたことでわずかに身構える隙を作ってしまい、それを確かに見定めた犬夜叉が真っ向から襲い掛かるよう飛び込んだ。 「!」 自身の飛刃血爪さえ食らう覚悟で素早く間合いを詰めてくる犬夜叉に目を見張る。完全に油断していた飛天は彼の接近を許してしまい、かわす間もなく彩音を抱く左腕を掴まれた。犬夜叉は彩音を取り戻すつもりだ。 「させるか!」 「くっ」 彼の狙いを察した飛天がすぐさま犬夜叉へ雷撃刃を突き込もうとする。だがそれは犬夜叉に掴み込まれ、刃が彼に届くことはなかった。それに小さく舌打ちした飛天は途端に雷撃刃に雷を纏わせ、犬夜叉へ直に雷を流し込んでしまう。それにはさすがの犬夜叉も目を見開き手を放してしまいそうになったが、歯を食い縛るように耐えながら全身に限りない力を込める。そして飛天の左腕を掴んでいた手で彩音を強く掴み込むと同時に、飛天の体を突き放すよう思い切り蹴り飛ばした。 まるで引き剥がすように、飛天の腕から彩音を救い出す。それを成し遂げては強く地を蹴り、後方へ大きく飛び退いて鉄砕牙の傍へと立ちはだかった。 その時犬夜叉は雷撃にやられた体がよろめきそうになるのを手にした鉄砕牙で支え、腕の中の彩音をグ…と抱き寄せながら飛天を強く鋭く睨み付けた。 「てめえらなんぞに…こいつを渡すかよ!」 「ちっ…」 瞬く間に形勢を逆転された飛天は不快そうに顔を歪めて舌打ちする。まさか犬夜叉があれほど決死の覚悟で正面から向かってくるとは思ってもみなかったのだろう。それが分かるほど深いしわを眉間に刻み込みながら犬夜叉を、そしてその腕の中の彩音を見据えた―― そんな時、不意に彩音から小さな反応が感じられた。 「あ…犬、夜叉…?」 薄く目を開くと同時に小さな声をこぼされる。それに目を見張った犬夜叉が思わず「彩音!」と声を上げた時、同じく目を丸くする飛天が信じられないとでも言うように愕然と彩音を見つめていた。 「(あの女…直接雷を食らわせたってのに、もう目を覚ましたのか!?)」 普通ならば一日は眠ったままとなるはずであった。それだけの雷を当てたというのに、視線の先の彩音は確かに意識を取り戻している。恐らくは美琴の治癒能力がそれを浄化してしまったのだろう、だがその力を知らない飛天はただ訝しげに眉をひそめ、ギリ、と噛みしめた歯を鳴らした。 「女取り戻したくらいで喜んでんじゃねえぞ!」 「!」 わずかな苛立ちに任せるよう強く振るわれた雷撃刃が犬夜叉へ襲い掛かる。咄嗟に鉄砕牙を握った犬夜叉は地を蹴ってそれをかわし、破壊された地面から飛び散る岩片さえ避けながら飛び退った。彩音を逃がすためにも飛天から距離を取らねばならない。だがそんな犬夜叉の思いとは裏腹に飛天は犬夜叉を追い続け雷撃刃を振るってくる。 それに鬱陶しさを覚えた犬夜叉がたまらず舌打ちをこぼしたその時、はっきりと意識を取り戻した彩音が我に返ったよう犬夜叉の衣を引いた。 「い、犬夜叉っ、かごめは…!?」 「!」 彩音の声にはっと目を見張る。同時に満天へ視線を向ければ、その手の中に苦悶の表情を滲ませるかごめの姿があった。それだけではない。決死の思いで抵抗したのか七宝が満天の喉元に噛みつき、その頭を満天に抑え込まれている。どうやら七宝は気を失い、意識を保っているのはかごめだけのようだ。しかし彼女ももう時間の問題だろう。それを感じさせられた瞬間、まるで視界を遮るように雷撃刃を構えた飛天が飛び込んできた。 「なによそ見してやがる!!」 「くっ」 咄嗟に差し向けた鉄砕牙へ飛天の雷撃刃が勢いよく振り下ろされる。目の前で激しく雷を散らす雷撃刃は片手で持つ鉄砕牙を徐々に押し、その刃や雷がいつ二人に触れてもおかしくはない状況だった。それに顔をしかめた犬夜叉は歯を食い縛り、 「彩音! かごめのところに行け!」 「あっ!」 言いながら突如彩音を突き飛ばすように地面へ投げ出した。その瞬間犬夜叉は両手で握り直した鉄砕牙に力を込めて飛天を抑え込んで見せる。それだけでなく、地面へ手を突く彩音へ「早く行け!」と怒鳴りつけてはさらに飛天の体を押し返していた。 それを目の当たりにした彩音はわずかに戸惑いながらも頷き、すぐさまかごめたちの元へと駆け出した。 犬夜叉のおかげで飛天が追ってくる様子はない。ならばあとはどうやって満天を引き離すかが問題だ。徐々に近付くその後ろ姿に思案しながら汗を滲ませる。自分には武器も大した攻撃手段もないため、あの巨体に真っ向から立ち向かっても到底敵わないだろう。そう考えた彩音は覚悟を決めるように歯を食い縛り、速度をつけるように一層速く満天の背中へと駆けて行った。 「二人を…離せっ!」 「なあっ!?」 ドン、という鈍い音と大きな衝撃が全身に伝わる。同様にそれを突然受けた満天は目を丸く見開き、前のめりに大きくよろけた。 そう、武器もない彩音は勢いをつけて満天の背中に思い切り体当たりを食らわせたのだ。そのため不意を突かれた満天は驚き、二人を投げ出すように放して地響きを轟かせるほど派手に倒れ込んでしまう。 「やった…! かごめ、七宝っ大丈夫!?」 「あ、ありがとう彩音…」 咳き込むかごめへ駆け寄りその体に手を伸ばす。だが、その手を強く掴み込んだのはかごめでなく、怒りに満ちた満天であった。 「このアマ~…」 「なっ…あ!?」 低く唸るような声がこぼされた直後、グン、と腕を引かれ体を地面へ叩き付けられる。たまらず「うっ」と短い声を上げた彩音は痛みに顔を歪め、目の前に立ちはだかる満天をゆっくりと見上げた。それはあからさまな殺意を湛えた目で彩音を見下ろし、その巨大な口の奥に眩い光を見せる。 「邪魔ばっかりしやがってー…死ねーーっ!」

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