「鼻がいて~」と苦しげな声を漏らしながらかごめと
彩音を見据える妖怪。それを威嚇するように二人が両側から弓を構え、ゆっくりと七宝への距離を詰め始めていた。
しかし、七宝がいるのは妖怪のすぐ傍。あまり近付きすぎても二人まとめてやられてしまうだろう。
「七宝! かごめのところに逃げて!」
ひとまず七宝を逃がすのが先決だ。それを悟った
彩音がすぐに声を上げると、七宝は途端に妖怪の傍を擦り抜けるよう強く地面を蹴った。だが、相手もそれを簡単に許すはずはない。「このやろー、四魂のかけらは置いてけー」と間延びした声を上げる妖怪はドスドスと音を立てながら七宝を追い始めた。
「こいつ…!」
迷いなく七宝を襲いに行った。それを目の当たりにしては焦燥感を駆り立てられ、すぐさま弓を大きくしならせる。直後、バシュ、と鋭い音を立てるほど勢いよく矢を放ってみせた。
相手はこちらに背を向けている以上避けられないはずだ。そう思う
彩音であったが、妖怪はまるでその思考を否定するかのように大きな体をこちらへ振り返らせてきた。
(しまった!)
矢が払われる――そんな思いがよぎった直後、矢は強く振るわれた妖怪の手を掠ってわずかに軌道を変えられてしまった。それは虚しくもガッ、と妖怪の頭を掠めた程度。大したダメージも与えられず地面へ転がる矢を目にしては、悔しげに眉根を寄せながら次の矢を構えようとした。
――だが、その手はふとした違和感に止まる。なにやら相手の様子がおかしいのだ。矢は頭を掠めただけでダメージなど与えられなかったはずだというのに、あの一撃を食らって以来、妖怪は大きく狼狽え動揺するように硬直したまま。たまらずかごめや七宝共々眉をひそめると、妖怪は恐る恐るといった様子で自身の頭に両手を伸ばし始めた。そして突然漏らされる「げ」という大きな動揺の声。直後――
「おれの髪がーーっ」
涙を流すほど大仰に轟かされる嘆きの咆哮。その姿に「な゙…」と短い声を漏らした
彩音は、慌ててかごめたちの元へ逃げるように身を寄せた。
一体なんだというのか。わけも分からないまま妖怪の頭を見やれば、どうやらそこにあった三本の髪の毛が先ほどの一撃で一本に減ってしまったらしいことが窺える。
まさかその程度で激昂したのか、と
彩音が顔をしかめた次の瞬間、妖怪は「よ~く~も~…」と恨みのこもった声を漏らしながら薄く開いた口に眩い電気を溜め始めた。
「危ないっ、逃げるんじゃっ」
「え…」
「おらのおとうも…これでやられた!」
突如目の色を変えて
彩音たちを押すように駆け出す七宝。その言葉に二人が耳を疑い身を翻そうとした刹那、カッ、と凄まじい光が放たれた。それは妖怪の砲撃。瞬く間もないほど一瞬のうちに撃ち込まれたそれは妖怪の目の前を大きく焼き払い、間一髪直撃を免れた
彩音とかごめを強く吹き飛ばしてしまった。直後、ドカッ、と鈍い音が響くほど強く地面に叩きつけられる二人の体。その衝撃により、二人の意識はいとも呆気なく手放された。
「かごめっ、
彩音っ、しっかりせいっ」
横たわり、深く目を閉ざす二人へ七宝が焦燥感を露わにした声で強く呼びかける。だがどれだけ揺さぶり声を掛けようとも二人に反応はなく、いずれも目を覚ます気配は感じられなかった。だというのに、妖怪の足音は無慈悲にもこちらへ近付いてくる。
このままでは自身も危ない、だが、意識のない二人を残せばそちらに危険が及んでしまうはずだ。一体、どうすれば――そうひどく迷い戸惑う間にも、草間から妖怪の頭が現れ始める。それを目にした途端、七宝は迷いながらも即座に身を潜めるよう逃げ出した。
それに遅れ、妖怪がザッ、と草を掻き分けながら顔を覗かせる。するとそれは「ん~?」と訝しげな声を漏らしながらそこに横たわる二人の姿を見下ろした。
「なんだ女だけか」
身を乗り出し見渡すも七宝の姿はない。それにつまらなそうな声を漏らしたが、もう一度足元に転がる二人へ視線を落としては「ん!?」と目を見張った。そして身を屈めるほど顔を近付けながらじー、と見つめるのは、力なく目を伏せた二人の顔。
「かっ、可愛い…」
見惚れるように深く凝視する妖怪からそんな感嘆の声が漏れる。するとなにを思ったか、妖怪は二人を小脇に抱え、自身の移動手段である黒雲に乗り込んだ。あれほど追っていた七宝など忘れてしまったかのように、ただ満足そうにその黒雲を浮かび上がらせる。
そして二人を抱えたまま、それは遠く彼方へと飛び去ってしまった。
* * *
「っ…う…」
不意に意識を取り戻し、小さな声を漏らす。同時にゆっくりと目を開き同様の動きで体を起こすと、
彩音はその視界に映った景色へ確かに眉をひそめた。
見えたのは自身が乗せられる分厚い板といくつものヒビが入った壁。草むらではない。ということはもしや、どこかへ連れ去られたか――そう悟ると同時に得も言われない焦燥感を覚えるよう意識を判然とさせる。そしてすぐ傍に寝かされるかごめに気がついては、途端に彼女の体を大きく揺さぶった。
「かごめ、かごめっ。起きてっ」
「う…あ…?
彩音…ここは…?」
「ん~? 起きたか…」
二人の声に気付いたらしい妖怪がこちらへ振り返ってくる。その手には長い棒が握られており、巨大な竈に設置された大きな鍋の中をじっくりと掻き混ぜているようだった。一体なにをしようと考えているのか、その鍋の中はかなり沸騰しているようでぐつぐつと大きな音が聞こえてくる。
その様子を目にしては嫌な予感がよぎり、途端にかごめが妖怪へ声を荒げた。
「あ、あんたあたしたちを食べる気!?」
「ちげーよー。可愛いおなごの血肉は髪にいいっていうから、おめーらを煮溶かして頭に塗るんだー」
「な゙…なにそれ!? そんなの喰われるよりもっと嫌だわっ。いっそ喰えバカっ!!」
思いもよらない妖怪の言葉に少しばかり想像してしまった
彩音は涙を浮かべて咄嗟に猛反論する。するとその声があまりに大きかったためか、妖怪が突然慌てるように戸惑いを露わにした。
「しっ、大声出すな。飛天あんちゃんに見つかったら、本当に喰われちゃうぞ」
「はあ? 飛天あんちゃん?」
知るはずもない名前を向けられてつい首を捻る。いつかどこかで聞いたような気もするが、このような状況では思い出せそうにない。そう考えた
彩音がそんなことより、と反論を続けようとした――その時。突如バキ、と大きな破壊音を響かせるほど強く扉が粉砕され、その向こうから見知らぬ男女が姿を現した。
「なんだよ、満天帰ってたんか」
「へー似てない兄弟だねー」
易々と扉を破壊してしまった男、それに肩を抱かれる女が口々に声を向けてくる。その姿を見た途端、満天と呼ばれた妖怪は「ひっ飛天あんちゃん」とどこか怯えた声を漏らしていた。
飛天と満天――それは、冥加が話していた雷獣兄弟の名前だ。それをようやく思い出しては“飛天あんちゃん”と呼ばれた男へ視線を向けた。
それは先ほど女が口にしたように満天とは似ても似つかない、この場のどの妖怪よりも人間に近い容姿をしていた。そのため
彩音とかごめは“まだ人間らしい飛天の方が話が通じるかもしれない”と微かな希望を抱き、彼を見つめる。
するとそんな視線を感じ取ったか、こちらへ顔を向けてきた飛天は不思議そうな表情を見せた。
「ん? なんだその女ども」
「こ、これはおれの獲物だ~」
「安心しろ、取りゃしねえって。でも…」
小さくなにかを言いかけた飛天が女から離れ、静かに歩み寄ってくる。その足が
彩音の前で止められたかと思えば、飛天は
彩音の顎を持ち上げて眺め、「ふうん…」と小さな声を漏らした。
「こっちはおれ好みだ」
「…へっ?」
「ちょっと飛天!」
突然向けられた言葉。それに
彩音が目を丸くするのと女が声を荒げたのはほぼ同時であった。だが飛天は一切動じる様子もなくその手を離して振り返ると「冗談だって。そー怒んなよ」と笑いながら軽く謝り、女の傍へ戻っていく。
対する
彩音はというと呆気にとられたようぽかんとしており、頬をほんのりと赤く染めてしまっていた。
「ちょっと
彩音っ。なにあんな奴相手に赤くなってんのよっ」
「え゙っ。い、いや、だって、こんなストレートに言われたの、初めてだし…!」
不可抗力だよ、そう訴えかけるように言いながら慌てて頬を覆う。まさか戦国時代でこのようなことを言われるとは露ほども思っておらず油断してしまっていた。しかしこれはきっと油断させるためかなにか、本気ではないはず。そう言い聞かせるように胸のうちで何度も繰り返すと、掻き消すように頭を振るった。
「それより満天。新しい四魂のかけらは見つけたんか?」
女を宥め終わったか、飛天が不意に満天へ問いかける。その声に顔を上げてみれば、満天が「えっ、あれっ…」と声を漏らし硬直する姿が見えた。
そうだ、四魂のかけらを持っていた七宝は…それを思い出し満天の言葉を待てば、彼はようやく思い出したと言わんばかりに汗を浮かべ始めた。
「あっ、そういえば…」
「ん?」
明らかに狼狽えた様子を見せる満天に飛天は穏やかな笑みを浮かべたまま答えを待つ。それが余計に満天の恐怖心を煽ったのか、彼は顔を逸らすほど視線を泳がせ、とうとう観念したように自身の頭を撫でながら飛天へ向き直った。
「ご、ごめんよあんちゃん。見つけたんだけどつい…」
「ついってなんだよ…おめーまさか四魂のかけらより女に目がくらんで…取り逃がしたとか言うんじゃねえだろーな!」
穏やかな表情から一変、飛天は鬼の形相で声を荒げると同時に連れの女の顔を拳一つで打ち抜いてみせた。頭部を貫かれた女は即死、力なくドシャ、と崩れ落ちてしまう。しかし飛天はそんな女に一度も目をくれることはなかった。悲しむ様子も、惜しむ様子もなにもなく、まるで壁を打ち抜いただけだと言わんばかりに振り返ることさえない。
そんな姿に満天が泣きながら謝罪の声を上げれば彼は「ったくしょーがねえ」と呆れた様子で許しを与えていた。だがそれを間近で見せられた二人は言葉を失うほど硬直し、互いに身を寄せ合うようにして愕然と顔を強張らせていた。
「(な、なにこいつ…)」
(満天よりずっと危ないじゃん…!)
人間に近い姿をしているから話が通じるかもしれない、なんて期待は呆気なく打ち砕かれた。それを嫌というほど感じてしまえば、自然と溢れた冷や汗が頬を伝って落ちていく。加えて外から響く雷の轟きが、余計に二人の心の平静を乱す。
雷獣兄弟どちらであっても、話は通じないだろう。それを思っては一刻も早くここから逃げ出すべきだと考え、二人は雷獣兄弟を見据えながらそのタイミングを探っていた。
どうやら視線の先の二人はここに至るまでの話をしており、どこで誰が四魂のかけらを持っていたのかと飛天が確認を取っているようだ。そしてそれを耳にした途端、飛天が怪訝そうに眉根を寄せた。
「なにい、キツネのガキが四魂のかけらを持っている!?」
「取りに行くかい飛天あんちゃん」
「あったりめーだろ、行くぞ満天」
戸惑う満天に対して飛天は堂々と歩きだす。どうやら二人は七宝を捜しに行くようだ。逃げ出すなら今しかない、それを悟ってはかごめと顔を見合わせ、小さく頷き合う。そうして恐らく一番厄介であろう飛天を盗み見ながらタイミングを見計らい、
彩音からそろ…と動き出そうとした――その時、目の前にゆっくりと大きな影が迫ってきた。
「ちょっと待ってーあんちゃん」
「
彩音!」
「うわっ!?」
かごめが叫ぶと同時に顔を上げた
彩音が慌ててその場を飛び退く。直後、つい先ほどまで
彩音がいた場所に巨大な菜切り包丁らしき刃物が勢いよく叩き込まれた。少しでも反応が遅れていたら真っ二つだっただろう。それが分かるほどめり込まされた刃物に顔を青くすると、
彩音は途端に満天へ声を荒げた。
「なっなに考えてんのこのバカっ! 私を殺す気!?」
「はあー? なに言ってんだ。逃げられねーよーに、殺しとくに決まってんだろー。おめーらは、おれの大切な毛生え薬になるんだしー」
「だからっ、私はあんたの毛生え薬になんてならないって言ってんでしょっっ」
譲る気がないらしい満天に必死に声を張り上げて言い返してやる。しかしそれでも満天の気は変わらないようで包丁からその手が離されることは一度もなかった。
説得することは叶わないのか。たまらずそんな思いに唇を噛みしめると、それを見ていたらしい飛天が「なんだ満天」と言いながらこちらへ戻ってきた。
「おめー、薬なんか作ろうとしてたんか」
「だ、だって~…」
「気にすることはねえって言ってんのに、仕方ねえ奴だなおめーは。…けどよ、満天。この女殺すぐらいなら…」
「え…わっ!?」
飛天と満天が言葉を交わしている隙に逃げ出そうとしていた
彩音の体が突如飛天の方へ引っ張り込まれる。かと思えば拘束するように背後から首元へ腕を回され、再び顔をク、と持ち上げられた。こちらを抱くようにして覗き込んでくる飛天の赤い瞳が至近距離へ迫る。触れそうなほど近くで、彼の口が弧を描いた。
「おれがもらってやる。喜びな、女」
「は…はいっ…!?」
強気な笑みを讃えて向けてくるのは強引な言葉。おれ好みだというのは冗談だったはずではないのか、ついそんなことを思ってしまった時、親指でツウ、と唇をなぞられる感触に形容しがたい感覚を抱き、その手を振り払うよう慌てて顔を背けた。
するとおろおろと狼狽える満天の姿が見え、残念そうに情けない声が上げられる。
「そんな~おれの毛生え薬~…」
「満天にはそっちの女やるから我慢しな」
そう言う飛天が指を差した先にはかごめの姿。それにかごめが思わず「え゙」と声を漏らすほど嫌そうな顔を見せると、そこへ振り返った満天は未だどこか不満げにしながらも「分かったよ~」と声を返しながら再び巨大な包丁を掲げ始めた。
「ちょっ、ちょっと待ってっ!」
満天の包丁が振り下ろされる直前、ひどく焦った
彩音が咄嗟に制止の声を上げた。それには満天だけでなくこの場の全員が動きを止め、声を上げた
彩音に注視していく。
「あ、あんたたちさ…不死の御霊って、知ってる…?」
もし知っていれば、妖怪なら捨て置かないだろう。もし知らないとしても、あの日殺生丸から聞いた噂を聞かせれば間違いなく食いつくはず。そんな思いで声を潜めるように問いかけた
彩音へ一番早く声を返したのは、彼女を拘束する飛天であった。
「それを宿す奴の肉を喰えば不死になれる…ってやつか?」
「そう。…その宿主ね、私なの」
「な…」
真剣に言えば、この場にいる全員が驚愕の色を見せる。だがかごめだけは少し違っていた。どこか焦ったように「ちょっと
彩音っ…」と声を漏らし、明かしてしまったことに戸惑っている様子。しかし二人ともが無事でいるためにはこれくらいの代償は必要であるはずだ。そう考えた
彩音は言い聞かせるような目をかごめへ向け、やがて飛天たちへと視線を戻した。
そう簡単に信じてくれるかと不安はあったのだが、どうやら飛天は先ほどのかごめの様子から真実だと悟ったらしく、特に疑う様子もなく真っ直ぐに
彩音を見下ろしている。すると簡単に信じたらしい満天がわずかに声を弾ませ、飛天へ明るい表情を向けた。
「飛天あんちゃんー、不死になったらおれたち怖いものなしだよー」
「ああ。
彩音…とか言ったな。おめーその力を本当におれたちに寄越すんだな?」
「あげてもいいよ。けど…条件がある。私たちに危害を加えないって約束して」
説得するようにそう告げれば、飛天はただ静かに
彩音を見つめる。対する満天は毛生え薬にできないことでわずかに渋るような顔を見せたが、
彩音はそれに追い打ちを掛けるよう続けた。
「それに…もし私たちを殺そうもんなら、四魂のかけら…手に入らなくなるよ」
「なにー?」
これには一層喰いつかずにはいられないだろう。そう思って告げれば案の定満天が明らかな反応を見せる。その時
彩音はかごめへ視線を向けて言葉もなく意図を伝えると、それを分かってくれたらしい彼女が続くよう乗ってくれた。
「あんたたち…犬夜叉って知ってる? 結構強いんですけど…」
「強いだあ? 半妖だろーがそいつ」
かごめの言葉に飛天は馬鹿にするような口調でそう言い返す。しかしかごめはそれに屈することなく拳を握りしめ、身を乗り出すほど懸命に力説した。
「強いのよ。だって犬夜叉はすでに、四魂のかけら、ほとんど全て集めて持ってるんだから」
「な…」
「にい~っ?」
「おい、ウソじゃねえだろうな」
飛天は首に回した腕で
彩音の顔を強引に持ち上げながら問いかけてくる。
当然、かごめの言う“ほとんど全て”など明らかなウソだ。
彩音はそれを分かっていたが、かごめからこっそり送られてくるウィンクの合図にそっと目を伏せては、胸を張るほどはっきりと答えてやった。
「ウソじゃないよ。私、今まで犬夜叉と一緒にいたから全部見てきたし」
「ふっ…それに犬夜叉はね、
彩音に惚れてるの」
「そうそう、私に惚れて…ん゙っ!?」
さらっと続けられたとんでもない言葉に思わず目を見開いてしまう。すぐさま確認の目を向けたが、かごめはこちらに背を向けて輝かしくもファンシーな空気を放ちながら、か弱い乙女のような雰囲気でお構いなしに話し始めた。
「犬夜叉は
彩音のためならなんだってするわ。だからあたしたちと交換って言えば、大人しく四魂の玉のかけらを差し出すはずよ」
「飛天あんちゃん、こんな話ウソに決まって…」
「…おれは信じてもいいぜ」
演技くさいかごめの空気に疑いの目を向ける満天とは打って変わり、飛天は怪しげに口角を吊り上げてそう呟く。その言葉を確かに耳にした
彩音は“よし!”と拳を握りそうになったが、それは不意に体を持ち上げられる浮遊感に掻き消された。
「
彩音! その犬夜叉とかいう野郎のところに案内しな」
「やっ、ま、待ってっ。降ろして!」
有無を言わさず片腕に座らせるよう抱き上げてしまう飛天に慌てて抵抗しようとする。だが力の強い彼から逃れることができず、そのうえ構わず歩き出されてはぐらつく体に慌て、咄嗟に飛天の肩へ抱き着くよう縋りついてしまった。
それには飛天も「へえ?」と声を漏らして足を止め、不敵な笑みを浮かべながら
彩音を見つめてくる。
「ずいぶんと積極的じゃねえか」
「ち、違うバカっ!」
どこか挑発的な目を向けてくる飛天へ途端に否定の声を上げる。しかし飛天はなにひとつ聞き入れてくれる様子はなく、
彩音を抱いたまま犬夜叉の元へ向かうよう住処をあとにした。