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男たちが逃げ去り穏やかな静けさを取り戻した畑の中。そこに建つ地念児の家へと身を移した一同は犬夜叉を間に彩音とかごめが、囲炉裏を挟んで向かいに老婆が座り、その傍の壁際には地念児が体を小さく丸めてなんとか収まっているという状況となっていた。 その中で、老婆は犬夜叉の姿を見定めるよう鋭く見つめて言う。 「犬夜叉…とか言ったな。見たところおめえも半妖だろ」 「分かるのかよばばあ」 迷いなく言い当ててしまう老婆に犬夜叉は無愛想な声で返す。すると老婆は変わらず犬夜叉を見やりながら囲炉裏を掻き回し「やっぱりな…」と呟いた。 「それにしちゃ綺麗な顔しとるが…その姿、どう見たって半化けだからな」 「半化けって…この辺のことかしらね」 「この辺だろうね」 老婆の言葉に興味を持ったかごめと彩音が左右から犬夜叉の耳を摘まんでくいくい、といじる。それに犬夜叉は眉根を寄せ、どこか不機嫌そうに「けっ」と吐き捨てた。 老婆はそんな彼へ、わずかに声のトーンを落としながら問いかけるように語り始める。 「おめえなら想像がつくだろう。この地念児が半妖だっていうだけで…おらたち親子が、村の奴らにどんな扱いされてきたか…」 「それって…いじめとか、そういうことが…?」 「ふん…何度殺されそうになったことか」 俯いた老婆は彩音の問いかけを一蹴するかのように重く呟く。 彼女の悲痛な様子、ひどく怯えた地念児の姿。それらがこれまでのことをいじめなどという生易しいものと一緒にするなと訴えているような気がして、彩音は申し訳なさやその痛々しさに言葉を失ってしまいそうになった。 そんな時、地念児から大きなため息が漏れたかと思うと、彼は心苦しそうに俯きながらひどく肩を落とした。 「ごめんおっかあ。おらのせいでいじめられるんだな」 「なにを言う地念児。おらたちはなにも間違ってねえぞ。お前の親父殿はな、それは立派な良い妖怪だったんだぞ」 どこか寂しげに眉を下げてそう諭す老婆。その様子は切ないながらとても優しく温かい雰囲気なのだが、彩音たち三人は彼女のその言葉に違和感を抱いていた。そしてどこか確かめるように耳を傾けると、彼女は「懐かしいのう」と言いながら安らかな表情で目を閉じる。 「そうあれは…ちょうどおらが…お前さんらくらいの年頃だった…」 「わ、私たちくらいの…?」 「ああ。あの頃…山の中で足をくじいて難儀しとった時に、助けてくれたのが親父殿だった。美しい男の姿をしていたが、すぐに妖怪と分かった。なにしろ光り輝いておったからな。そして二人は…燃えるような恋をしたのじゃ」 そう言いながら老婆はふっ…と乙女チックなオーラを振りまいてみせる。 先ほどまであれほど厳しく恐ろしげな顔をしていた彼女が突然そのような様子を見せてしまう姿に、彩音とかごめは胸中で揃って“うわあ~~”と声を上げてしまった。と同時に、隣の犬夜叉がなにやら怪訝な顔をして「ちょっと待てばばあ」と老婆に指を差す。 「…てことは…おめえの方が人間なんだな」 「なんだと思っとったんじゃい」 「(山姥じゃなかったんだ…)」 (絶対山姥だと思った…) 犬夜叉の言葉にまた顔を険しくしてしまう老婆を見ながら、かごめと彩音は予想と異なる事実にどきどきどきと鼓動を速くさせる。しかし訝しげに目を細める老婆の迫力はやはり山姥のそれで、怒らせることを怖れた二人はつい浮かんでしまった思いを漏らしてしまわないようしっかりと口を閉ざしていた。 ――やがて一同は家を出ると、地念児についていく形で畑の中へと踏み込んだ。そして地念児がその長い腕を薬草へと伸ばす姿をそっと見つめる。 「毒消し…これを煎じて飲ませるといいです」 「…ありがとう」 「ありがとね…」 両手で包むように持った薬草をいくつか手渡され、かごめと彩音がそっと囁くようにお礼を口にする。これで目的を果たしたわけだが、それに反して二人の表情はどこか浮かないものであった。 しかしそんな様子に構わず、かごめが薬草を抱えた姿を見て老婆は素っ気なく言い捨てる。 「薬草とったら、とっとと帰んな。ここにいるととばっちり食うぞ」 背を向けて荒っぽく告げられるが、それは一同を案じての言葉。それと同時に、自分たちが襲われることを前提とした言葉でもあった。 それに上手く言葉を返すことができなかった彩音たちは静かに頭を下げ、言われるがまま畑を離れるように歩き出す。 ――そうして帰途へついた一同であったが、やはりかごめと彩音の表情は冴えない。やはりどうしてもあの親子のことが気にかかるようで、薬草をリュックに詰めたかごめは顔を上げて問いかけた。 「ねえ犬夜叉、ほっといていいのかな?」 「なにが?」 「ほら、村の人たちのことのだよ。あの人たち、地念児さんが人を食べてるんだって勘違いしてるでしょ? その誤解は解かなきゃ。地念児さんは大人しくて優しいんだって…」 かごめに続くよう彩音が説明を施すが、その言葉に犬夜叉は「けっ、」と不機嫌そうに吐き捨ててしまう。 「だから村の奴らに付け込まれるんだ」 「「え…?」」 どこか苛立ちを抱いているように告げられる言葉。非はないはずの地念児を責めるようなその言い草に引っ掛かりを覚えた彩音たちは、たまらず耳を疑うほど目を丸くさせた。だが彼はその言葉を覆すことなく、聞き間違いでもないと言わんばかりに構わず足を進めていく。 どうしてあのような言い方をするのだろう。そんな思いで戸惑った彩音がついかごめと顔を見合わせた――そんな時、不意に前方からわいわいと盛り上がる騒がしい声が聞こえ、その中でも一際大きく「ありったけの槍と刀持って来い」という物騒な声が響いた。 「これだけあれば、地念児の野郎だって倒せるな」 「殺られるまえに殺らねば」 「なっ…」 「ちょっと待って!」 多くの刀や槍などを手にしながら話す男たちに慌てた彩音とかごめが咄嗟に彼らの元へ駆けていく。するとその声に顔を上げた男たちは二人の姿を見とめるが、「なんだおめえらか」と疎ましげな視線を向けた。 まるで失望したような目。それでも彩音は屈することなく、まるで正気を疑うかのように眉根を寄せながらしかと問いかけた。 「あんたら…まさか地念児さんを襲うつもり?」 「当たり前だろ」 「だ、だって人を殺したって証拠もないのに…」 「あいつに決まってるんだよ!」 説得しようとするかごめの声に男が一層強く声を荒げる。切羽詰まった様子さえ感じられるのはその男だけでなく、そこに集まる者たち皆が揃って恐ろしい剣幕を見せていた。 「あいつら親子は、おらたちを怨んでるからな」 「仕返ししてるに違いねえんだ」 「てめえら…今までよっぽど地念児を苛めてきたらしいな」 当然のように言い切ってしまう男たちへ、犬夜叉が真剣な表情を見せながら足を踏み出し言う。 まさか見ず知らずの少年に言い当てられるとは思ってもみなかったのだろう、ぎくっ、と肩を揺らした男たちはどこか気まずそうなぎこちない様子を露わにしながら「なっ…」「なんだよう」と言葉を濁していた。 それは認めたも同然の反応。それを目にした彩音は眉根を寄せ、同時に犬夜叉が気分を害していないかと声を掛けようとした。だが目の前の犬夜叉は変わらず眉を吊り上げたまま「ま、どっちにしたって…」と呟くように口にする。 「本当の犯人ひっ捕まえなきゃ、この場は収まらねえな」 「おめえが捕まえるって言うのかよ」 犬夜叉の言葉に男たちがざわつきながらそう問い質す。彼が地念児と同じく妖怪の血を持つ者であり、さらには地念児の母に殴られた姿を見て“弱い”と決めつけた男たちとって、犬夜叉のその言動はやはり不信感を拭えないようだ。 いまにも反論の声が上がりそうな緊迫感の中、不意にかごめが犬夜叉の袖を引いたかと思えば「あたしたちは畑に戻る」と言い出した。それにはすでに彩音も同意しているようで、かごめは不思議そうな顔をする犬夜叉をよそに男たちを説得するよう向き直った。 「あの~ですから…犬夜叉が戻るまで、地念児さんを襲わないでください。とばっちりであたしたちがケガとかしたら、この人、村中大暴れします」 「え゙?」 突然指を差されながら告げられる言葉に犬夜叉は目を丸くする。しかしかごめがそれを覆すことはなく、さらにはその言葉に考え込むような仕草を見せていた彩音まで納得した様子で続いた。 「確かに大暴れするだろうね。それも、なにもかも全部がめちゃくちゃになるくらい…でしょ? 犬夜叉」 「そりゃあ…暴れるかも…」 まるで“彩音たちがそれだけ大切”だと表すような言葉に、犬夜叉は否定するわけにもいかず恥ずかしそうに頬を染めながら肯定してしまう。それに満足そうな様子の彩音がにっこりと微笑むと、その言わされている感満載の光景を見せられていた男たちは「なんかこの小僧…頼りねえなあ」と不安を滲ませた。 * * * そうして彩音とかごめは来た道を引き返し、宣言通り地念児の畑へと戻ってきていた。 まさかまた、それもすぐに戻ってくるとは思っていなかったのだろう。訝しげな顔を向けてくる老婆へ二人が事情を話せば、変わらず無愛想な表情で鼻をふん…と鳴らされた。 「村の奴らがな…」 「はい、ですから…地念児さんの疑いが晴れるまで…」 「私たちも畑仕事を手伝います」 「……勝手にしろ」 穏やかな表情で手伝いを申し出る二人へ老婆は素っ気なく言い捨てる。しかし二人は気にした様子もなく、むしろ否定されなかったことを安堵しながら顔を見合わせると、畑の中の地念児の元へと歩み寄っていった。 彼はその大きな体からは想像もつかないほど繊細な手つきで手入れをしている様子。それを見るなり二人は地念児へにこやかに笑いかけ、彼の隣へ並ぶよう腰を落とした。 「ね、地念児さん。この辺の雑草を抜いていけばいい?」 「あ…はい」 慣れない二人の姿に地念児はぎこちなく返事をする。そんな彼に視線を向けていた彩音は、嫌でも目に入ってしまう彼の体の傷にたまらず閉口した。 いくつも刻まれた古傷。恐らくそれは村の男たちによって負わされたものだろう。その悲痛な事実を悟ったのはどうやら彩音だけではないようで、同じく地念児を見ていたかごめが「ねえ…」と控えめに声を掛けた。 「ここを出て行こうとか思ったことないの?」 「ここがいいです。おとうの残した畑だから…」 「そっかー」 「家族思いなんだね」 気まずそうに、ぎこちなく呟く地念児の言葉に彩音は小さく微笑みを浮かべる。すると地念児は目を合わせられないまま、どきどきどきと高鳴って仕方がない鼓動を感じていた。 「(お…おら話してる…生まれて初めて普通におなごと話してる…)」 今までに経験したことのない状況に言い表しようのない高揚感を抱く。だがその瞬間、突然かごめから「きゃーっ!」と大きな悲鳴が上がって地念児はぎくっ、と体を強張らせた。同時に隣の彩音も驚いた様子で振り返る。 「な、なにかごめっ」 「み~~み~~ず~~っ!」 「あ゙」 小刻みに震えるかごめが叫びながら大きくのけぞった目の前、そこに生えた薬草の上に蠢くミミズの姿を見ては地念児がどこか安堵したような様子を見せた。 だが隣の彩音はそれとは対照的に呆れたような表情を浮かべる。 「も~。驚かせないでよかごめ~」 「だってびっくりしたんだもんっ」 「だからってあんなに叫ばなくても…」 必死に訴えてくるかごめへ彩音は困ったように笑いながら言う。それと同時に薬草の根元の雑草へ手を伸ばした時、その手に伝わったぐにゅ、とした感触に思わず「ん?」と声を漏らした。 とても草とは思えない感触。それを不思議に思って手元を見てみれば、そこには新たなミミズがうねうねうねと蠢いていた。 「ぎゃーーっ! こっちも出たーっ!」 途端に両手を上げるほど驚いた様子で叫び上げる彩音。その声にかごめと地念児が再び驚かされたが、かごめは自分と同じ反応をした彼女にすぐさま「ほらっ、」と指を差した。 「彩音も叫んだじゃないっ」 「だっ、だって私いま触った! ぐにゅってしたんだよ!?」 「あの…おらが向こうにやるんで…」 「ごめん地念児さんっ、お願い!」 そっと申し出てくれる地念児へ慌てて頼み込むと、彩音はう~、と唸りながら顔をしかめて何度も地面をさすり始める。どうやら先ほどミミズを触った感触を忘れたいようだ。だがそれでは足りなかったのだろう、ついには手を洗いたいと地念児に水場を聞きに行くほどひどく嫌がっていた。 そんな彼女たちの様子を、老婆は動きを止めるほど呆然とした様子で見つめる。 「(ミミズが怖いくせに…地念児は怖くないんだべか…)」 そう思わざるを得ない彼女たちの様子に、老婆は心底不思議そうな表情を浮かべてしまう。 思い返せば彼女たちは地念児の前に現れた時から一度も彼に対して怯えた様子を見せていなかった。それにも関わらず、あれほど小さくて無力なミミズには悲鳴を上げるほど怯えて震え上がっている。 それがただただ不思議でたまらず、老婆は感慨深げな瞳で三人が触れ合う様を眺めていた。 ――そうして畑仕事が落ち着いた頃、いつしか日が傾き始めて赤く染まっていく空を前に地念児が二人を呼び出した。そして手にしていた粉末をザッ、と振り撒けば途端にスズメたちが集まり始め、慣れた様子で一切警戒することもなく彩音たちの手や肩などに可愛らしく止まっていく。 「わあっ」 「可愛いーっ。ほら地念児さん、この子撫でても逃げないよ」 そう言って笑顔を見せる彩音は嬉しそうに地念児へスズメを差し出す。その姿にわずかな躊躇いを抱きながらもゆっくりと手を伸ばした地念児はスズメを自身の指に止まらせ、「ね?」と笑いかけてくる彩音の姿に言葉を失った。 その時強く感じたのは、胸の奥に広がる確かな温もり。 「(ああ…これが楽しいということだべか)」 初めて経験する出来事の数々。それらを思い返すとともに込み上げる感情に、地念児は自然と微かな笑みを浮かべていた。 * * * 一方、殺された女に残っていた臭いを頼りに真犯人を捜す犬夜叉は森の中で体を低く屈めながら地表を嗅ぎまわっていた。微かに感じられるそれは森の中を進むにつれて濃さを増していく。 それが一層強く濃く感じられる場所を見つけ出すと、犬夜叉はその身をより深く屈め込んで鼻を近付けた。 「(この辺りだ…間違いねえ! 地面か!?)」 確信を抱いたのは落ち葉が多く広がる地面の中。すると犬夜叉はすぐさま凄まじい力でドカッ、と地面を殴りつけた――その瞬間地面が音を立てて崩れ、犬夜叉の体は大きな穴の底へ落とされてしまう。 直後、眼前に広がった空洞に犬夜叉は目を見張った。 「(これは…妖怪の巣!)」 明らかに異質な空間と地面に転がる人間の白骨に迷いなくそう察する。恐らく襲った人間をいくつかここへ持ち帰っていたのだろう。それが分かる物々しい光景に眉根を寄せていれば、ふと奥の方でボウ…と怪しく光るなにかが目に留まった。 「これは…」 警戒しながら近付いてみれば、光の正体が壁に広がる粘液だと分かる。その中にはなにやら丸いものがいくつか埋もれており、それらは全て割れたような大きな穴を開けていた。 気味の悪いそれ。犬夜叉は確かめるように目の前まで歩み寄ると、その粘液に人差し指の先を触れさせた。そして手を引けば、指に絡みついたそれはドロ…と不快な感触を伴って滴るほどの糸を引く。 「(卵!? 今しがた孵ったばかり……ここには一匹もいねえ…巣を捨てたのか?)」 粘液にまみれる球体が卵だと確信を抱くとともにすぐさま薄暗い空間を見回す。妖怪や動物が巣を捨てることは自然なことだ。だが犬夜叉は強い違和感を拭いきれず、その場から動けなくなったように考え込んでいた。 ――その時、不意に嫌な予感がよぎると同時に“いや違う!”と先ほどの思考を強く否定した。直後、犬夜叉は弾かれるようにその穴を飛び出していく。 「(親妖怪が、生まれた子供を巣の外に連れ出した……とすればやることは決まってる。人間の腹わたの味を…狩りを教えに行ったんだ)」 ゴッ、と風が唸るほどの勢いで森を駆け抜ける。焦燥に満ちたその顔には汗を滲ませ、妖怪が向かったであろう場所へ迷いなくその足を進めた。 「(狩場は村だ。彩音たちが危ねえ!)」

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