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「もうこれで三人目だ」 「また腹わたをごっそり食われとる」 無念そうにそうこぼす男たちが地面に転がる女の遺体へ(むしろ)を掛ける。それによって隠された腹部は莚が大きく窪んでしまうほどに失われており、彼女の下には大きく広がった血が地面を赤く染めていた。 どうやらこのような出来事は初めてではないようで、男たちはこれまでの同じような事象を思い返しながら眉根を寄せる。 「やっぱり地念児の仕業だべか」 「決まってるじゃねえか」 「あの化け物、もう勘弁ならねえ」 「で、でもどうする? 村の者がタバになってかかっても…」 「なあ」 男たちは犯人に心当たりがあるのか、怒りや怯えなどの芳しくない感情を露わにしながらそう話し合う。 その様子を、彩音たちが木陰から見つめていた。かごめが声をひそめて「なんか困ってるみたいよ」と言うのに対し、彩音が「そうだね」と返しながら出ていくタイミングを見計らっているようだ。 しかしそんな二人とは対照的に黙って見ていた犬夜叉が突如足を踏み出すと、ザッ、と足音を立てて躊躇いなく男たちへ近付いた。 「その地念児とかいうのは、妖怪なのか?」 男たちの前に姿を現し率直に問う犬夜叉。そんな彼の姿を目にした男たちは途端に驚くよう大きくざわつきを見せた。どこか怯えるように、警戒するように「な…なんじゃお前?」「妖怪…?」と口にしながら後ずさりさえする。 あまりよくない反応だ。それを思っては犬夜叉の前へ出たかごめが警戒を解くようにすかさず男たちへ事情を話した。 「あのっ、あたしたち薬草を分けてもらいに…」 「薬草…?」 「地念児の畑のか?」 かごめの言葉にまるで正気かと言わんばかりの形相を向けてくる男たちを見てたまらず「え…」と声を漏らしてしまう。 ――どうやら男たちの話では、地念児というのはこの村の外れに母親と暮らしているという。そこによく効く薬草の畑を持っているようで、男たちは「ま、たまにわしらも薬草をわけてもらったりしとったが…」とどこかぎこちない様子で呟くように話す。 だが、途端に凄むような険しい表情を見せては怨みさえ感じる声で言った。 「どうも最近地念児の奴…人の肉の味を覚えちまったらしいのよ」 ザアア…と薬草を揺らす風が吹き抜ける。小さな納屋のような家が寂しく建つ畑には長大な畝がいくつも並んでおり、そのすべてにおよそ等間隔で並んだ大量の薬草が青々と茂っていた。 そこにズシ…と重々しい足音がひとつ。それを鳴らすのは木桶を吊るした天秤棒を担ぐ巨大な影であった。 継ぎ接ぎだらけの着物を纏うそれは人間のような姿をしているがとても大きく、さらに頭部はどこか爬虫類を思わせる骨格をしていて剥き出しの大きな目は青く澄んだ色をしている。 その姿を木の陰から見据えるのは犬夜叉たちだ。そして背後にはここまでの案内をした男たちが身を潜め、どこか疎ましげな様子を醸しながら畑の妖怪を見つめている。 「あれが地念児だ」 「恐ろしかろう」 引け腰でそう話す男たちだが、それを向けられた犬夜叉は「けっ」と馬鹿にするよう吐き捨ててしまう。 地念児は体こそ大きく古い傷跡も多く見られるが、こうして見ている限りではのんびりと畑仕事をしている穏やかな妖怪のようにしか窺えない。そのため犬夜叉には彼が大した妖怪ではないと感じられ、男たちの怯えようが馬鹿馬鹿しく思えたのだろう。 しかし男たちにとっては違うようで、どうしても地念児を処理してほしいとばかりの雰囲気を纏いながら犬夜叉を見た。 「お前さん、本当に退治してくれるのかね」 「薬草をいただくついでにな。お前ら、そこで待ってろ」 「うん…無茶はしないでね」 言われるがまま畑の方へと踏み出す犬夜叉へわずかに不安を抱えながら彩音が言う。すると彼は手をひらひらと振りながら躊躇なくその足を進めていった。 そんな時、不意に背後の男たちが犬夜叉を疑うようひそひそと話し始める。 「あの小僧強いんだべか」 「ま、いーじゃねえか」 「妖怪同士の戦いだ」 「どっちが死んでも…」 当人たちだけで話し合っているつもりなのか、彼らは利己的な発言を躊躇いなく口にしてしまう。否、彩音たちに聞こえていようが気にしていないのだろう。それが分かるほど自分勝手な男たちの様子に二人は“なんか感じ悪い”と不信感を募らさざるを得なかった。 しかしここで言い返しても男たちは気にしない、あるいは無駄な小競り合いになるだけだろう。それを理解しているからこそ彩音はため息ひとつで済ませ、男たちの言葉を振り払うように背を向けた。 そして見つめるのは、鉄砕牙を肩に担いで地念児の前へと立ちはだかった犬夜叉の姿。 「てめえか、人喰い妖怪は。覚悟しやがれ」 「あ゙~?」 犬夜叉が眉を吊り上げて凄むように言うのに対し、地念児は彼を見つめながらなんのことかと問うように間延びした声を返す。認めないつもりか――そう思わされそうになるが、それよりも強く感じた違和に犬夜叉は小さく眉をひそめた。 「(ん…? こいつ…人の血の臭いなんか…しねえ…)」 目の前まで近付いたというのに感じない血の臭い。人の肉の味を覚えたというならばその臭いは消し切れないほどしかとこびりついているはずだ。 だが、この巨大な妖怪からはそれが一切感じられない―― 犬夜叉がその事実に怪訝な表情を見せたその時、突如背後から飛んできた石が地念児の頭へ強く打ち付けられた。 「やい地念児、覚悟せい!」 「殺せ!」 「早く!」 先ほどの投石は身を潜めていた男たちによるものであったようだ。それが分かるほどひどく声を荒げる彼らにかごめと彩音が「ちょっとちょっと、」「あんたらなにして…」と制止や咎めの声を向けるが、彼らの猛りは収まらない。 ――すると次の瞬間、地念児がぶるぶるぶると体を大きく震わせ始め、恐ろしい形相を露わにするほど感情の昂りを見せた。その様子に犬夜叉が咄嗟に身構えた――直後、勢いよく顔を上げた地念児は広大な空へ響き渡るほどの大きな声を張り上げた。 「おっか~~っ!」 「!?」 突然地念児が顔をぶるぶるぶると左右に振り乱しながら泣き叫んだのは、まさかの母親を呼ぶ声。そんな予想外すぎる展開に犬夜叉が意表を突かれるよう目を丸くすれば、途端に背を向けた地念児はどすどすどすと荒々しい足音を立てながら真っ直ぐに家の方へと駆けだした。 「おっか~っ、だずげで~っ」 「まっ…待ちやがれっ」 不意を突かれた犬夜叉が慌ててそう声を上げながら地念児を追う。だがその時、視線の先に建つ家の中から突如丸太を構えた老婆が鬼の形相で飛び出してきた。 「貴様ら~っ!」 「えっ…」 「な゙…」 「(山姥!?)」 声を荒げながら駆けてくる老婆の姿に、すぐさま犬夜叉の元へ駆け寄った彩音たちが揃って目を見張るほど愕然とする。しわだらけの顔により深いしわを寄せて怒りを露わにするそれは真っ向から犬夜叉へ迫りながら歯抜けのひどい口を大きく開けて叫んだ。 「いちいち言いがかりつけて、おらたちの畑狙いやがって!」 そう声を荒げながら怒り狂った老婆は犬夜叉へ肉迫するなり抱えた丸太で躊躇いなく彼の頭をバキ、と殴りつけてしまう。その勢いにかごめと彩音が揃って「きゃっ」「うわっ」と短い声を上げてしまったが、どうやら負けたのは丸太の方。犬夜叉はびくともしておらず、それどころか激しい音を立てた丸太は呆気なく折れてしまっていた。 だが男たちの目にはどう映ったのか「わっ。小僧がやられた!」「弱えっ」と口々に声を上げ、ついには「覚えてやがれーっ」と情けない捨て台詞を吐きながら途端に足並みを揃えて逃げ出してしまった。 「…なんなんだあの連中」 たまらず強い呆れを露わにしながらそうぼやく犬夜叉。それは彩音も同じ思いで、ため息をこぼした彼女は思い切り殴られた犬夜叉の頭をよしよしと撫でてあげた。 しかしそこにはたんこぶすらできていない様子。男たちはこれで犬夜叉が負けたと判断したのか…と、さらに呆れを強めるような思いを抱いてしまっていると、はーはーと息を荒げていた老婆が呼吸を整え、鋭い視線で凄むように犬夜叉たちを見据えた。 「おめえ、村の奴らになに吹き込まれたか知らねえけどな。この子が人の腹わた食ったりするものか! 半妖だと思って、バカにしやがって!」 ――半妖!? 老婆の怒りの声に一同が揃って目を丸くする。それもそのはずだ。老婆の背後で怯えて縮こまるこの地念児が、犬夜叉の他に初めて目にする類い稀なる“半妖”だというのだから。

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