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「やめろ弥勒ー!」 犬夜叉の焦燥に満ちた叫び声が響き渡る。それでも弥勒は右手を掲げるように構え、凄まじい勢いで妖怪の大群を吸い込んでいた。 その姿に顔を強張らせるかごめが「だめよ! 風穴が広がってしまう」と必死の声を上げる傍、そこで突如廊下の柵を飛び越えた彩音が躊躇いもなく弥勒の元へと駆けだした。 「くっ! (踏ん張りが…効かん!!)」 「弥勒っ!!」 風穴の反動を抑えきれず、斜面に立っていた弥勒の体が宙へ投げ出される――刹那、飛び込むように駆け寄った彩音が咄嗟にその体を受け止めた。だがそれでも際限なく妖怪を吸い続ける反動は大きく、二人はその場に留まることもできないまま窪みの中央にある灯篭へドン…と押しつけられた。 (風穴を、閉じないとっ…) 弥勒と灯篭の間に挟まれる彩音は絶えず妖怪を吸い込む彼の体を支えながら必死に封印の数珠へと手を伸ばす。だがその時、彼が掲げる右手から微かにビチッ、と肉が裂けるような音が聞こえてしまった。 「! 弥勒!!」 「(風穴の傷が…)」 「このバカ!」 彩音と弥勒が同時に血相を変えた瞬間、突如怒号を上げながら弥勒の右手を押さえ付けるようにして数珠を巻き付けたのは犬夜叉であった。 どうやら弥勒の風穴を封じるため、強引に数珠の拘束を解いたようだ。それが分かる彼の姿を見上げながら、弥勒はひどく青ざめた顔で「い…犬夜叉…」とその名を呟いた。 すると犬夜叉は深く眉間にしわを刻みながら激しく苛立ちを露わにする。 「この野郎~~もう一度風穴開きやがったら…この腕へし折るぞ!」 有無を言わせないように鬼気迫る表情で強く怒鳴りつける。その姿に弥勒は顔をしかめたまま言葉を返すことさえできなかったのだが、そこに静寂が訪れることはなくすぐに妖怪たちの歓喜の声が降らされた。 「風穴が閉じた!」 「もはや恐れるものはなにもないぞ!」 未だ数多く残る妖怪たちが好機と言わんばかりに勢いよく迫ってくる。それに彩音が弥勒の体を強く抱きしめると同時、弥勒たちをかばうよう立ちはだかった犬夜叉が鉄砕牙を勢いよく引き抜き構えてみせた。 「てめえら! こっから先…一歩も通さねえ!!」 叫び、ゴッ、と風を唸らせるほどの渾身の力で鉄砕牙を振り下ろす――その瞬間であった。視界を覆い尽くすほどの数多の妖怪たちが全て同時に斬り刻まれるよう散り散りになってしまったのは。 「あ…」 「なっ…一振りで…」 たまらずかごめと珊瑚が驚愕の声を漏らす。だが驚いているのは二人だけではない。傍にいた彩音や弥勒たち、さらには当の犬夜叉でさえも動揺を隠せないまま愕然と立ち尽くしていた。 「よ…妖怪が全部…」 「消し飛んだ」 七宝とタヌキが目の前の光景を遅れて理解するよう呟く中で、淡い光を滲ませる鉄砕牙を見つめる犬夜叉は「あ…?」と目を疑うように小さな声を漏らす。 その後ろ姿を見つめながら、彩音はかつての同じ光景を思い出していた。 「本当の…鉄砕牙の本当の力が、出せたんだ…」 “一振りで百匹の妖怪を薙ぎ倒す”という、鉄砕牙の真の力。殺生丸が易々と使いこなした力を、犬夜叉もようやく発揮することができたのだ。それを思った途端胸が震えるような感覚に包まれて、微かに瞳を揺らしながら淡い光を立ち昇らせるそれをただ静かに見つめていた。 ――その時、不意に珊瑚の背後でなにかが寺から飛び出していく気配を感じ取る。 それは壺使いであった。恐らく全員の意識が逸れた隙を狙ったのであろうが、珊瑚がそれを見逃すはずはなく。その姿をしかと見とめた彼女はスッ、と目を細め、すかさず放った飛来骨で壺使いの体を容赦なく真っ二つに断ち切ってみせた。 「和尚さん生きてる?」 「頭打って気絶してるだけだろ」 壺使いの壺を回収し、それを抱えたかごめと珊瑚が夢心の顔を覗き込む。数珠に押し潰されるよう仰向けに倒れ込んだ夢心に意識はないが、幸い呼吸はしているようだ。 今なら蟲壺虫を回収できるだろう。そう踏んで夢心の口元を見つめていると、狙い通りそれがシュル…と微かな音を立てて這い出してきた。そこへかごめがすぐさま壺を向けてみれば、溢れ出した蟲壺虫はビチビチビチと音を立てながらあっという間に吸い込まれるよう壺の中へと納まっていく。 蟲壺虫を取り出した、これで解決したはずだろう。そう思うものの、どうしてか二人の目の前に転がる夢心は目を伏せたまま一向に反応を見せなかった。 「起きない…?」 「蟲壺虫を出したのに…」 想定と異なる状況に嫌な緊張が走る。まさか…そう思わされた次の瞬間、夢心はぐおーっ、と大きないびきを上げながら悠長にぶおりぶおりと腹を掻き始めた。 「…大丈夫みたい」 「起きろ」 先ほどの緊張を台無しにするような体たらくに犬夜叉がたまらず夢心の頭をどげん、と蹴りつけてしまう。どうやら大の酒好きらしい夢心はしこたま飲んで酔っ払い、その気持ちよさに熟睡してしまっているだけのようであった。 ――やがて静けさを取り戻した寺では、無事に目を覚ました夢心による風穴の治療が始まっていた。 しかし二人が寺の中へ消えてどれくらいが経っただろう、もうすっかり明るくなってしまった空では小鳥たちが楽しげにさえずりながら飛んでいる。その様子を見上げることもなく、一行はただ静かに廊下に並んで腰を下ろし弥勒を待っていた。 「遅いのう」 「傷を縫うって言ってたから、時間かかるのよ」 一行の背後にある部屋の襖を何度も心配そうに見やる七宝へかごめが諭すように言う。そんな彼女が静かに様子を窺ったのは、隣で俯く彩音。 弥勒が部屋へと連れ込まれるまでずっと傍に寄り添っていた彼女は不安に顔をしかめたまま、一言も発することなくただ祈るようにして治療の終わりを待っていた。 その姿があまりに深刻で、たまらず閉口したかごめがなにか慰めの言葉をと口を開こうとした――その時、カラ…と音を立てて戸が開き、酒を口にする夢心が呆れた様子で姿を現した。 「ったく無茶しおって…」 「!」 「夢心さん! 弥勒は…!?」 「寝とる」 弾かれるよう立ち上がり咄嗟に問う彩音へ夢心は端的に告げる。するとどういうわけか彼は犬夜叉の方へ振り返り、真っ直ぐに見つめるままどこか神妙な声色で言った。 「犬夜叉…とか言うたな。ちょっと来い」 そう名指しをしてまで呼び出されることになにかを感じ取る犬夜叉。言われるがまま夢心と二人で廊下を歩いていけば彼はその突き当たりで足を止め、柵にもたれ掛かりながらもう一度酒壺を静かに仰いだ。 その様子に犬夜叉は眉をひそめる。 「おう坊主、風穴の傷ちゃんと治したんだろうな」 「……奈落を倒せ。一刻も早く」 問いに答えることなく、真剣な表情で振り返ってきた夢心はそんな言葉を口にする。それに対し、犬夜叉はわずかながら訝しげな表情を見せた。 「……どういうことでい」 「できるだけの手当てはしたがな、すでに…風穴は広がっとった」 寺の外を向きため息混じりにこぼされた言葉に思わず目を見開く。 “風穴が広がった”、それはつまり―― 「寿命が縮まった…ってことか?」 口にしたくはないほど残酷な可能性。だが、それが現実であった。誰にも変えることのできない、無慈悲で確実な現実。それを思い知るように胸のうちで反芻させながら痛切な表情を見せ、やがて犬夜叉は真剣な様子で夢心に問いかけた。 「あと何年…弥勒は生きられる?」 「分からん。とにかく…弥勒の手の風穴は…妖怪奈落の呪いで穿たれたもの。すなわち奈落さえ倒せば…」 ――呪いは解けて…弥勒の命は助かる。

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