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「私が四魂の玉を集めているのは…ある妖怪を捜し出し滅するため…」 そう切り出されるのは弥勒の話。一同は村から離れた場所、広い平原の柿がなる木の元で腰を下ろし、彼のこれまでの経緯を聞くことになったのだ。その中で七宝だけが興味なさげに柿の木へ登っていく間、その下に揃う彩音たちに対して弥勒はどこか真剣な表情を見せながら語り掛けた。 「その妖怪の名は奈落…と言います」 「「奈落…?」」 「この右手の風穴は、奈落の呪いによって穿たれたもの…」 そう口にしながら弥勒は静かに目を細め、手甲と数珠に覆われた右手を左手でわずかに持ち上げてみせる。あの凄まじい風穴――当初、彼はそれを“法力”と言っていたが、実際は奈落という妖怪による呪いであったようだ。 あれほどのものを呪いとして与えてしまうとは、さぞ強く厄介な妖怪なのだろう。そう思わされてしまうが、その妖怪の名は初めて聞くもの。弥勒以外誰一人として知らない様子を見せることからその名が広まってはいないのだと感じると、彩音は不思議そうに小首を傾げながら弥勒へ問い立てた。 「その奈落っていう妖怪、どんな奴なの?」 「邪気が強く人を喰らいます。あとは…」 端的に答えながらも小さくなる彼の声。その言葉の続きを耳にした直後、彩音とかごめは思わず揃って大きな声を上げた。 「「分からない!?」」 「なにしろ…実際に奈落と闘ったのは、若かりし頃の私の祖父…もう五十年ほど昔の話です。祖父と奈落の闘いは数年に亘り…出会うたびに、違う人間の姿を借りていたといいます」 (違う人間の姿を…?) 弥勒から語られるその話に、彩音はわずかながら眉をひそめる。そんなことができる妖怪がいるのかと驚くような気持ちで耳を傾けていれば、どうやら奈落という妖怪は祖父が闘っている間にも武士や殿、若い者に老いた者…と様々な者へ幾度となく姿を変えていたという。 「最後の闘いでは、美しい女性(にょしょう)の姿で現れたといいます。私の祖父は大変な法力を持っておりましたが、残念なことに…」 「スケベだったんでしょ」 「…よくお分かりで」 かごめの鋭いツッコミに弥勒はほんの少し驚いたような顔を見せる。が、対して一行は予想通りと言わんばかりの表情を露わにしていた。 どうやら弥勒は祖父に似たらしい、そう思わざるを得ない彩音は呆れの目を弥勒へ向けていたが、彼はそれに動じることなくただ淡々とその話を進め始めた。 「奈落は封印の札ごと祖父の右手を突き抜け、逃れ去ったそうです」 ――我がその手に穿ちし風穴は、いずれお前自身を飲み込むであろう。たとえ子を成そうとも、我を殺さぬ限り、呪いは代々受け継がれお前の一族を絶やすであろう。 そう奈落に告げられたのだと弥勒の口から語られた途端、一行は言葉を失うように黙り込んでしまった。しかしそれでも弥勒の表情が曇ることはなく、右手を見つめる彼は焦り一つもないままひどく落ち着いた様子で言葉を紡ぎ出す。 「この風穴は年々大きくなり、吸う力も強まっている。奈落を倒さねば…数年のうちに、私自身を飲み込むでしょうな」 右手を握り締め、そう口にする弥勒の表情には薄い笑み。それはすでに覚悟を決め、半ば諦めさえ持ったものに見えた。そのため彩音は息が詰まるような感覚を覚え、それでも確かめるように、弥勒の顔をわずかに覗き込んで問いかけた。 「それは弥勒が…死ぬ…って、ことだよね…」 「はい。それはそれでいいのです。それが私の運命(さだめ)なら…」 彩音の問いかけにもやはり涼しい顔で返す弥勒。しかしその表情は不意にわずかな険しさを見せた。 「ですが…奈落を放っておくわけにはいかない。五十年前消滅したはずの四魂の玉が、今の世に再び現れ四散したという…奈落は必ずや玉を集め、より強い妖力を求めるはずです」 そう語られる事実に、彩音は小さく口をつぐむ。その脳裏に浮かぶのは当時のことだ。自身の放った矢によって屍舞烏ごと玉を射抜き、激しい光とともに四魂の玉を粉々に散らしてしまったあの光景――それがフラッシュバックしては、ただ気まずそうに視線を落としていた。 だがその様子に気が付くこともない弥勒は地面を見据えたまま、「なぜなら…」と続きを口にした。 「奈落は五十年前に四魂の玉を手に入れかけたという。玉を守っていた巫女を殺して…」 「! 巫女を…殺しただと!?」 弥勒から告げられた言葉に目を見張った犬夜叉が思わず立ち上がるほど大きな反応を見せる。 姿を借りることができる妖怪が、五十年前に玉を守っていた巫女を殺した――その話によぎるのは五十年前の出来事と、甦った桔梗から聞かされた身に覚えのない事実。それらを嫌でも思い出してしまう犬夜叉はひどく顔を強張らせ、その胸のうちに強い確信を抱いていた。 「(五十年前におれの姿を借り桔梗と美琴を傷つけた奴…そいつに間違いねえ!) おい弥勒! その奈落とかいう奴は、色んな姿を借りると言ったな。今は!? 今はどんな姿をしている!?」 突如焦燥感を露わにした犬夜叉は弥勒の胸ぐらを掴むほど強く問いただす。それに慌てた彩音が犬夜叉を止めようとするが、それ以前に正面の弥勒が落ち着いた様子のまま、犬夜叉へ言い聞かせるよう「だから…」という声を返した。 「それが分かれば、とうの昔に見つけ出して成敗しています」 静かに、それでもはっきりと告げられる言葉に犬夜叉は我に返るよう黙り込む。 彼の言う通り、姿が分かっているならば四魂のかけらを集めておびき出すなどという回りくどいことはせず、自ら捜し出しすぐにでも仇討ちを果たしているはずだ。同じ立場になったまさにいま、自分だってその手段を選ぼうとしたのだから。 そう考えた犬夜叉は言葉を失ったよう静かに弥勒を放す。だが、それでもやはり胸のうちに強く大きく渦巻く感情にその顔をひどく強張らせていた。 「(おれと桔梗を罠にかけ憎しみ合わせ、桔梗を死に追いやった奴が…生きてまた四魂の玉を狙っている!? 桔梗の仇…捜し出してオトシマエつけてやる)」 額に汗を滲ませ、歯を食い縛るほどの強い決意を瞳に宿す。さらに拳を固く握りしめるその姿を見つめていたかごめは、彼の思いを感じ取ったかのように黙り込んでいた。だがそれも束の間、自身の首元へ手を伸ばすと、制服の下に隠れていた四魂のかけらを取り出した。 「この四魂のかけらを集めていれば…必ず奈落に行き当たるってことよね」 「あ゙。いつの間に…」 「あなたが気絶してる間に私が回収させてもらいました」 自分が持っていたはずのかけらが持ち主の手に返っていることに驚く弥勒へ、彩音が言い聞かせるように淡々と言いやる。すると不意に、かごめが弥勒へ向かって唐突な提案を投げかけた。 「一緒に集めましょ」 「はあ?」 予想外の言葉に弥勒は少し間の抜けた声を返す。どうしてそのようなことを言い出したのかと一同がかごめを見つめれば、彼女は変わらず平然とした様子で犬夜叉へ振り返った。 「だって犬夜叉は譲る気ないでしょ」 「ったりめえだ!」 「ね、だから」 そう言ってかごめはこれが最善の策だと言わんばかりに弥勒を見つめる。だがそれに対して弥勒は黙り込み、額を小さく掻くほど乗り気でない様子を露わにしていた。 「どうも私は、人さまと深く関わり合うのが苦手な性分でして」 どこか困った様子で顔を背けながらそう言う弥勒。そんな彼に、彩音は小さく首を傾げた。矛盾していると思ったのだ、これまでの自分へ対する彼の言動といま口にされたその言葉が。 「ねえ、それならなんで私のことは連れて行こうとしたの? 一緒に行く以上、関わらないことはないと思うんだけど」 「……これは私の勘ですが…彩音さまは私へ深く干渉しないのではないかと思ったのです。私より、自分自身に対するなにかを抱えているようにも見えましたし」 そうでしょう? そう問いかけるよう向けられる視線に目を丸くして言葉を詰まらせてしまう。 弥勒の前で詳しい話をした覚えはない、彼に教えたのも“やらなければいけないことがある”ということだけであったはず。だというのに彼は、彩音が自分に関すること――美琴のことで思い悩んでいる事実に気が付いていたというのだ。 鋭い洞察力。それに言葉を失ったまま彼を見つめていれば「事実、」と口を開いた彼は和やかな笑みを浮かべてくる。 「私とお座敷にいる時も、全然私に構うことなくずっとお団子を食べていましたしね」 「う…よ、余計なことは言わなくていいからっ。それよりっ、いまは弥勒が一緒に来るかって話でしょ」 どこか茶化すような弥勒に彩音が慌てて話を本筋へ戻す。だがやはり弥勒はそれにいい顔はせず、いまにもため息をこぼしてしまいそうなほど浮かない顔を見せた。それほど関わりを深めたくないのだろうか、そう思わされる彼の様子に眉を下げると、彩音は説得するかのように弥勒へ詰め寄りその右手を手に取った。 「弥勒はあんまり気乗りしないかもしれないけど…でも、この呪いを解くためにはやっぱり協力し合った方がいいよ。じゃないと、もし間に合わなかったら…」 「彩音さま…私の身を案じてくださるのか」 封印を施された右の手のひらを見つめながら言う彩音へ、弥勒はどこか憂いを秘めた瞳を向ける。 弥勒とは知り合ったばかりだし、その出会いは泥棒と被害者という最悪な出会いだ。しかし彼が背負う苦痛と目的を知ってしまえば放っておけるはずもなく、彩音は彼の言葉に「まあ…ね」と曖昧な返事をしながらもしっかり頷いていた。するとその瞬間、 「ならば頼みがある」 そう言った弥勒が突如彩音の両手をきゅっ、と握りしめた。立場の逆転、それに驚くよう弥勒を見上げれば、その黒い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。こちらの瞳を、覗き込むように。 突然変化した彼の雰囲気に彩音のみならず、犬夜叉やかごめまでもが振り返ったその時―― 「私の子を産んでくだされ」 突如飛び出した予想外の言葉にぴき、と場が凍る。まさかそんな言葉を向けられるとは思ってもみなかった彩音は驚きのあまり目を点にしたのだが、傍で聞いていた犬夜叉とかごめは顔を引きつらせるように体を硬直させていた。それだけではない、犬夜叉は耳を疑うように「な゙…」と短い声を漏らし、ぴくぴくぴくとひくつく顔を二人へ振り返らせている。 しかし誰よりも驚き、耳を疑っているのはその言葉を向けられた彩音だ。彼女は大きく首を傾げながら、理解できないと言わんばかりの表情を弥勒へ向ける。 「全然分からないんだけど…なにがどーしてそんな話になるの…」 「万が一奈落を打ち果たせず、私が死んだ時…我が一族の使命を託す子が必要」 「いー加減にしやがれ、このスケベ坊主!」 憂い顔で当然のように語る弥勒の前へ犬夜叉が割って入るように立ちはだかる。しかし弥勒はそれに淡々と「法師です」と訂正を入れるほど動じることがなく。その様子がさらに気に食わなかったのか、犬夜叉は彩音を背後へ隠しながら凄むように弥勒を睨み付けた。 「今度彩音に妙なことしやがったら…」 「これは失礼を。ただのお連れに見えたが…犬夜叉は彩音さまに惚れて…それもそうですね。かけらの気配が分かるうえにこれほど愛らしい…惚れて当然です。いや、これは失礼」 「な゙」 ようやく理解したと言わんばかりにまくし立てられ、犬夜叉は面食らったように顔を引きつらせて狼狽えてしまう。しかし少しばかり顔を赤くした犬夜叉はすぐさま慌てた様子で身を乗り出し、彼の言葉を否定するよう大きな声で吠え掛かった。 「バっバカやろー! こいつはただの玉発見器でいっ」 「はあーっなにそれ!?」 「まー。犬夜叉サイテー。そーよねー、犬夜叉好きな(ひと)いるもんねー」 突発的な反論に彩音だけでなくかごめまでもが信じられないという顔をして暴露してしまい、弥勒が意外そうに「ほー」と声を上げる。それには犬夜叉も目を丸くしてたじろいでしまったのだが、彩音はそんな彼へ追い打ちをかけるべく見せつけるように弥勒の腕へしがみついた。 「私これからは弥勒と行こうかなー。弥勒の方が優しいしー」 「てめー裏切る気か!」 「おなごにはもっと優しくなさい。ねえ彩音さま」 「ひっ!? まっ、また触った…!!」 「てめーもいい加減にしろ!」 「彩音さまから来てくだされたので、触っても良いものかと」 「んなわけないでしょーがっ!」 途端にとりとめなく騒がしくなる一同。最早話していた内容すら忘れるほどぎゃーぎゃーとやかましくなってしまったのだが、そんな他愛なく進展もないやりとりを木の上から眺めている七宝は、 「(…深刻な話し合いをしとるんじゃなかったのか?)」 呆れたようにそう思ってしまいながら、手にした柿を一人静かにかじっていたのであった。

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