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「も~いつまで怒ってんのよ~」 「昨日から散々謝ってるじゃんかー」 どこか不満そうな二人の声が上がる。 夜が明けて旅を再開した一行だが、どうやら昨晩の“助けに行ったのにおすわりをお見舞いされた”という一件が気に食わないらしい犬夜叉がずっとふて腐れるように怒っているのだ。しかし二人にとってあれは不可抗力。さらにあれから何度も謝っているため、それでもなお不機嫌な犬夜叉にこちらもまた文句を言うよう言葉を返す状態になっていた。 「確かに犬夜叉の厚意を無碍にしたのは悪かったけどさ…」 「あんただってあたしたちの裸見たんだからおあいこでしょー」 「見てねえっ!」 「「見たよねーっ」」 「おらからはなんとも…」 二人から同意を求められる七宝はこの不毛な言い争いに巻き込まれたくないのだろう、自転車の籠で小さくなるようにそう言い返した。 ――そんな一行を高い崖の上から見下ろす影が二つ。昨晩一行に目を付けた男、弥勒とそれに巻き込まれたタヌキだ。一行が眼下を通る様子を見据えながら、どこか不安げな様子のタヌキは弥勒に確かめるような声を向けた。 「あっしは野郎の方を襲えばいいんですね」 「ああ。そのスキにおれは女の方を…」 そう返す弥勒の視線の先には、自転車を押して歩くかごめとそれに並ぶ彩音の姿。まさか狙われているとは露ほども知らない二人は普段通りの様子で言葉を交わしていて、こちらに気付く様子は一切窺えなかった。 この様子なら容易いだろう、そう思いながらタイミングを窺うようにそれらを眺めていると、ふと隣のタヌキがおずおずといった様子でこちらを見てきた。 「弥勒の旦那~こんな回りくどいことしなくたって、その右手をお使いになりゃ一発じゃねえですか」 「ばーか。おめえだって知ってんだろー」 タヌキの言葉に弥勒はそう返しながら少しばかり右手を持ち上げる。そして変わらず手甲と数珠で厳重に覆われたその右手に触れ、 「これを使ったら、みーんな死んじまうんだぜ」 強気に、不敵な笑みを浮かべてみせる。見たところその右腕はただの人間の腕だ。だが彼の恐ろしいその言葉がただの脅しではないことを知るタヌキは観念し、懐から一枚の木の葉を取り出してはそれを頭へぴと、と乗せやった。 「弥勒の旦那、なんかあったら助けてくださいよお」 「心配すんなって」 やはり不安を拭えない様子を見せるタヌキに対して弥勒はどこか軽い口調で彼の背中を押す。どこか信用ならないところがある男だが、言う通りにしなければまたなにをされるか分かったものではない。そう考えたタヌキは彼の言葉を信じることにして、「変化!」と声を上げながら崖下へ飛び降りた。 その頃、下の狭い道を行く一行は変わらずのんびりと歩いていたのだが、やがてドザザザザとなにかが地を滑るような物々しい轟音に気が付いては「ん!?」と揃って顔を上げる。するとその視線の先で凶悪な顔を持つ丸い巨岩が「お~ま~え~ら~」と唸るような声を上げながら勢いよく崖を転がり迫ってきているのが見えた。 「な゙っ。うわっ!?」 「きゃっ!」 驚くのも束の間、巨岩はかごめの自転車を弾くように突き飛ばしてしまうと、傍にいた犬夜叉へ真っ向から衝突した。それを咄嗟に抑えるよう両手を突く犬夜叉、そして倒された自転車の籠から放り出された七宝が急斜面の崖に落下してしまう。 「いっ犬夜叉! 七宝っ!」 途端に崖を覗き込んでは声を上げる。同様にかごめもそこを覗き込んだのだが、突然彩音の視界から彼女の姿が消えて。それに驚くよう振り返ろうとした時、突如として体を軽々と持ち上げられるような得も言われない浮遊感に襲われた。 直後、ドサ、と投げ出されると同時にしがみついたのは見慣れない紫色の袈裟。思わずえ、と声を漏らしそうになりながら顔を上げれば、そこには彩音とかごめを膝の上に乗せ、器用に自転車を乗りこなしてみせる弥勒の姿があった。 「えっ、誰!?」 「な、なによあんたー!?」 「ご安心ください。私は仏に仕える身。怪しい者ではありません」 驚くと同時に声を上げる二人へ弥勒はにこっ、と爽やかな笑みを浮かべてみせる。その表情からは悪意など感じられないが、平然と自転車を漕ぎ続ける弥勒は遠く先を見つめながらしれっと言い出した。 「四魂のかけらをいただこうとしたら、あなたがついていたんですな」 「あんた、人をオマケみたいに…」 あまりの言い草にかごめは顔を引きつらせながら言いやる。だがそれを聞いていた彩音は目をぱちくりと瞬かせ、途端に「ちょ、ちょっと待ったっ」と弥勒の袈裟を強く引くほど声を上げた。 「私はかけら持ってないんだけど!?」 「彩音さまは四魂のかけらの気配が分かるようなので共に来ていただこうかと」 「えっ、な、なんで名前…しかも、かけらの気配が分かるってどこで知ったの…!? やだっ、こいつ怖い!」 まるでストーカーのようなその発言に顔を青ざめさせる彩音。その騒ぐ声が聞こえたのか、崖の中腹で巨岩を堰き止めていた犬夜叉が自転車で走り去ろうとする弥勒の姿に気が付いた。 初めて見るその姿。それに“なっなんだあの野郎”と顔を強張らせると、犬夜叉はすぐさま拳を強く握りしめた。 「どけーってめえ!」 すかさず叫び上げながら巨岩の顔面にドカ、と思い切り拳を叩き込む。そして鉄砕牙へ手を掛け、それを勢いよく振り上げた。 「どかねえと…」 「ひっ。ひ~っ殺される~っ」 容赦なく鉄砕牙を振り下ろす犬夜叉に怯え、悲鳴紛いの声を上げた巨岩はどろん、と煙を纏いながら元のタヌキの姿へ戻りうずくまってしまった。刹那、その様子に気が付いた弥勒が「ちっ、」と確かに舌を打ち、犬夜叉へ右手をかざしながらそこに巻かれた数珠に手を掛ける。 「乱暴なお連れだ」 疎ましげに呟き数珠を取り払った――その瞬間、突如とてつもない豪風が犬夜叉の体を掬い上げるようにゴッ、と吹き込んだ。その風は弥勒の方へと吸い込まれるように凄まじく吹き、体を引っ張り込まれた犬夜叉は顔面から岩壁に叩き付けられる。その時彼の手を離れた鉄砕牙は同じく岩壁に刺さると、同時にボロ刀へとその身を戻してしまった。 ――この男、一体なにをしたのか。目の前での出来事でありながら理解できない現象に彩音が訝しむよう眉をひそめて男を見つめる。するとすぐ傍で「犬夜叉!」と声を上げたかごめが大きく身を乗り出した。 「放して!」 「はい」 途端に強く振り払うかごめを弥勒はなんとも呆気なく放してしまう。かと思えば呆然とそこに残る彩音へ視線を落とし、にこっ、ともう一度微笑んだ。 その笑顔はどういう意味なのか。疑問に思った彩音が目をぱちくりと瞬かせると、なにも言わず前を向いた弥勒はそのまま自転車を再び漕ぎ始めてしまった。 「えっ、な、なんで!? 私も降ろしてよ!」 「そうはいきません。あなたには私と四魂のかけらを捜してもらうので。彩音さまも四魂のかけらを集めているのでしょう?」 「た、確かにそうだけど…」 「でしたら利害は一致していますし、問題はないはずです」 「まあ言われてみれば…って、いやいやっ問題だらけだわっ!」 にこやかに、しかし強引に話を進めてしまう弥勒に流されてしまいそうになりながらツッコみのような声を上げる。だが彼は全然耳を貸さないどころか初めてとは思えないほど上手く自転車を乗りこなし、彩音に逃げる隙を与えないまま無骨な山道を進んでいってしまった。 ――その頃、かごめの手を借りて岩壁から抜け出した犬夜叉が「なんなんだあの野郎」と疎ましげな声を上げて。奴があの右手で一体なにをしたのかと考え込んでいたその時、はっと目を丸くしたかごめが突然「しまった!」と大きな声を上げた。 「自転車乗り逃げされた、ひどーい!」 「……なにのん気な…てめえら、自分が攫われるとこだったんだろーが! ったく、おれがちょっと目を離すと…」 自転車の心配をするかごめに思わず説教紛いの声を声を上げては腕を組んでまでそんなぼやきをこぼす。まるで二人の身を案じていたかのようなその言葉に、かごめは彼の背中を見つめた。 「……犬夜叉…ごめんね」 すぐ傍に腰を落とし、顔を覗き込むようにして小さく謝ってくる。そんなかごめの姿に犬夜叉は少しばかり身を退くほど目を丸くすると、途端に慌てた様子で大きく顔を逸らしてしまった。 「べ、別におめーらの心配してたわけじゃねえぞ。四魂のかけらのことを…って、彩音は? あいつどこ行った?」 「だから…彩音も四魂のかけらも…盗られたみたい」 申し訳なさそうに、そっと控えめに申し出るかごめ。だがその瞬間、犬夜叉はぴき、と額に血管を浮かべてしまうほど怒った顔で固まってしまっていた。 そしてその直後、同じく崖を転がっていた七宝を回収するなり二人を背に乗せ、「あの野郎ふざけやがって!」と怒号を上げながら弥勒が去ったであろう方角へ一気に跳躍し始めた。 「そう遠くへは行ってねえはずだ。あの自転車(てつのくるま)は、よく転ぶからなっ」 分かり切ったようにそう言い切る犬夜叉は微かに残る匂いを頼りに真っ直ぐ足を進めていく。だが、そんな彼の言葉を聞いていたかごめはというと、なんとも不思議そうな表情を浮かべて犬夜叉を見つめていた。 「犬夜叉あんた……乗る練習してたの?」 「やかましいっ」 * * * てけてんてん、と軽快な音を奏でられ、複数の女たちがそれに合わせて踊りながら高らかな笑い声を響かせる。そんなお座敷の一室には二人の女に寄り添われる弥勒と、その隣で一人いそいそと団子を口にする彩音がいた。 いわゆるお座敷遊びの最中。だがそこに座る弥勒に笑顔はなく、むしろ残念そうな渋い顔を露わにしていた。 「仰せの通り、とびっきりの上玉を集めました」 「それがこれですか…」 「文句言わない」 店主と思しき老婆の言葉に顔をしかめる弥勒へ、彩音はやはり団子を口にしながら言い捨てる。 しかし弥勒がこれほど肩を落としてしまうのも仕方がないだろう。弥勒を色男と持て囃し黄色い悲鳴を上げながら楽しげにする女たちは皆お世辞にも可愛いとは言えない顔をしていたのだ。例えるならそう、おかめや能面に見られるような顔ばかり。それでは喜ぶべき状況でも喜べるはずがなく、彼はただ深いため息をこぼしながら立膝に頬杖を突いていた。 しかしそれもほどほどに。弥勒は寄り添う二人の女を向こうへ下がらせると、傍で黙々と団子を食し続ける彩音の元へと身を寄せてしまう。 「やはり彩音さまを連れて正解でした。彩音さまがいてくださるだけで浄化される思いです」 「そーゆーことを目の前で言わないの…私はお団子が食べられるからついてきただけだし、食べ終わったらすぐ帰るからね」 「お団子でしたらもっとご馳走しますよ。お次は茶屋にでも行きますか?」 「帰るって言ってんでしょっっ」 どうしてか両手を包むように握られて次の店を勧められるものだから彩音はついつい声を荒げてしまう。そしてはあー…と大きなため息をこぼすと、弥勒を諦めさせるべく彼の瞳を正面から見据えて言い切った。 「悪いけど、あんたと一緒には行けない。かけらを集めることはもちろんだけど…私には、やらなきゃいけないことがあるから」 言い聞かせるようにそう告げながら、弥勒の手から自身のそれを引き離す。わずかに顔をしかめてしまったかもしれない。そんな微かな感覚を抱きながらも平静を保とうとする彩音の姿に、弥勒は少しばかり目を丸くした様子で黙り込んでいた。まるで、彼女のなにかを悟ったように。 それがなにかは分からない。だが確かになにかを感じ取ったその時、不意に彩音が「あ」となにかを思い出したような声を漏らした。 「そうだった。四魂のかけら、返して」 言いながら彩音は有無を言わせないよう弥勒の懐へと手を伸ばす。そう、四魂のかけらは彼に盗られたままなのだ。それを思い出しては回収しておかねばと懐を漁ろうとしたのだが、その手が彼の袈裟へ触れるか否かという刹那、途端に伸ばされた手によってぎゅ、と握りしめるよう止められてしまった。 「突然懐をまさぐろうとは、彩音さまも大胆ですね」 「違いますー。私は泥棒から取り戻そうとしただけですー。大胆もなにもありませんー」 茶化すような弥勒の言葉に目を細めながらすかさずもう一方の手を差し出す。だがそれも同様にはし、と握り止められてしまい、あと一歩のところで届かなかった。やはり素直に渡すつもりはないらしい。だが彩音も譲れるはずがなく、弥勒の手を押し込むようにぐぐぐ…と力を込めやった。 「…思ったより力がお強いようで…」 予想外の力で押してくる彩音に弥勒は困ったような笑顔を浮かべて言う。しかし、その表情にはまだ余裕が見える。それだけでなく同等の力で押し返してくる様子から、やはり彼もどうあろうと譲る気はないのだと分かる。それに唇を結んだ彩音が一層の力を込めようとした――その時、突如弥勒の手がぱっと呆気なく離されてしまった。 「え゙」 がくん、と傾く体に目を丸くする。まさか突然放されるとは思いもしなかった彩音は込めていた力そのままに倒れ込み、真っ向から弥勒の胸へと突っ込んでしまった。 途端、周囲からきゃーっ、と女たちの黄色い悲鳴が上がる。あまりに唐突なことでなにひとつ状況が飲み込めない、そんな彩音が何度も目をぱちくりと瞬かせていれば、なにやら目の前の黒い袖がこちらを包み込むように背中へと回された。 「彩音さまから飛び込んで来られるとは…それほど私と共にいたいのですね」 「…あのねえ…」 とんでもないすり替えをしながらぽんぽん、と背中を撫でてくる弥勒に彩音は目を細めるほど呆れと怒りを覚える。 すぐにでもこの腕を振り払ってやろう、そう思いかけたが、ふと気付く。これほどの至近距離、まさに四魂のかけらを取り戻す絶好の機会ではないかと。それを思ってはすぐさま弥勒の襟元を掴んでやった――その時、なにやら廊下の方から荒々しい足音が響いてきて、「ひ~っ妖怪~っ」という悲鳴まで聞こえてくる。それに気が付き振り返ったその瞬間、突然ぐゎら、と勢いよく部屋の戸が開け放たれた。 「くぉらっ!」 「この自転車ドロボー!」 そこに姿を現したのは待ちに待った犬夜叉とかごめの二人。ようやく辿り着いてくれた、と表情を明るくした彩音であったが、対照的に二人は彩音の姿を見るなり呆気にとられるよう愕然と目を丸くした。中でも犬夜叉は徐々に顔を引きつらせ、わなわなわなと震える指を向けてくる。 「彩音…お、おめーなんでそんな奴と抱き合って…」 「へ? “抱き合って”? ……あ゙っ、ちょっと待って誤解! 誤解だからっ。私はかけらを…」 「彩音さまは私と共にいたいと自ら身を委ねてきましたよ」 「あんたはちょっと黙ってっっ」 平然と事実をすり替えようとする弥勒に彩音が吠え掛かる。だがそんなやり取りすら気に食わなかったのだろう、犬夜叉の表情がびき、と音を立てるほど大きく強張ってしまった。かと思えば「ふっ…」と小さく引きつった笑みを浮かべ直し、指を慣らすよう大きく曲げてみせる。 「馴れ馴れしくべたべたと…てめえの相手はおれだ!!」 「ちょっ!?」 「おっと」 突如として大きく振るわれる爪。しかし弥勒は驚く彩音を抱えたまま易々とそれをかわし、「まったく乱暴な…」とぼやきながら距離を取っていた。そこに焦りはなく、あるのは余裕だけ。そのうえなおも彩音を放そうとはしない様子が一層犬夜叉の感情を煽ってしまい、頭に血が昇った彼は気迫ある表情で弥勒を凄むように睨み付けながら周囲の空気をざわつかせ始めた。 「どうやら素直に彩音と四魂のかけらを返す気はねえらしいな」 「ふっ…これは妖怪の持つべきものではありません。もちろん、彩音さまも同様に」 「ふざけんな!」 「ま、待って犬夜…わっ!?」 弾かれるように襲い掛からんとする犬夜叉へ制止の声を上げかけた刹那、突然体を掬い上げられるような感覚に襲われる。大きく動いた視界には密着する弥勒の姿。どうやら彼が咄嗟に彩音を横抱きにし、座敷の外へと飛び出したようだ。 それを把握すると同時に、犬夜叉が跳ぶようにしてあとを追いかけてくるのが見える。ああなってしまった犬夜叉は決着をつけるまで追ってくるだろう。だというのにすぐ傍にある弥勒の顔には余裕の色が浮かんでおり、彼は易々と村の中を駆けながらこちらへと声を掛けてきた。 「彩音さま、お怪我はありませんか?」 「それは大丈夫だけど…なんで私はあんたに抱えられてるの」 「もちろん、あの乱暴なお連れさまから守るためですよ。彩音さまは私と旅をする、大切な人ですから」 「また適当なこと…」 「おや、私は本気ですよ」 言葉を遮るようにして告げられる言葉に思わず「え」と小さな声が漏れる。見上げた彼の顔には優しい微笑み。 ――だが、会って間もない人間にこのようなことを本気で言うだろうか。そんな思いがよぎっては、どこか胡散臭さを覚えてしまう。恐らくはこちらを惑わせるための甘い罠だ。そう考えた彩音は信じないぞ、と頭を振るいながらその言葉を聞かなかったことにしようとした。 そんな時、背後から「待ちやがれー!」という犬夜叉の怒号が響き渡ってくる。それにわずかながら横目を向けた弥勒は視線を戻し、どこか少しばかり呆れた様子で言いやった。 「無駄な争いはいたしません」 「そうかよ、だったらてめえ死ぬぜ!」 「!」 「え゙っ」 シャッ、と勢いよく抜刀される鉄砕牙に彩音が思わず短い悲鳴のような声を漏らす。まさかと信じがたい思いを抱えたその直後、犬夜叉は鉄砕牙を掲げながらこちらへ向かって大きく跳躍した。 間違いない、このまま鉄砕牙を振り下ろすつもりだ。彩音がそう確信を抱いたその瞬間、突如足を止めた弥勒は即座に彩音を降ろし背後へ隠すよう振り返った。 直後、犬夜叉が弥勒目掛けて鉄砕牙を強く振り下ろすが、それは弥勒が手にしていた錫杖によっていとも容易く受け止められる。 「(狙い通り彩音を解放させられた…だがこいつ、そのうえで鉄砕牙を受け止めやがった。やっぱりただの人間じゃねえ!)」 普通の人間ならばかわすことすら危ういだろう、だが彼はそれに立ち向かい、力で勝るはずの犬夜叉の一撃を受け止めてみせたのだ。その卓越した身のこなしに驚愕せざるを得ない犬夜叉が歯を食い縛った時、目の前の弥勒はやはり余裕を失わないまま微かな笑みを浮かべてみせた。 「どうしても成敗されたいのですか?」 あくまで優位に立つ様子で淡々と告げられる言葉。絶対的な自信を感じるその姿に小さく顔をしかめた直後、犬夜叉は錫杖を突き放すように振り払い少しばかりの距離を取るよう後方へ飛び退った。

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