04

「(聞こえる…鉄砕牙の鼓動が…)」 ドクン、ドクン、と繰り返される鼓動。それはまるで犬夜叉になにかを伝えようとしているかのように強さを増していた。これが一体なにを意味するのか――犬夜叉にそれは分からなかったが、不思議と彼の心には一点の光が差すようにわずかな勝機が芽生えていた。 ただ確かめるように鉄砕牙を見つめ、握り締める犬夜叉。それを背後から見つめるかごめと彩音は彼の勝利の可能性よりも、先ほど乱暴に投げかけられた“あの言葉”に意識を向けていた。 「さっきの…聞き間違いじゃないわよね」 「うん…はっきり言ってた、と思う…」 ――おれがお前らを守るっつってんだ! 何度思い返しても変わらない、粗暴で口の悪い彼から出た、優しい言葉。未だに信じられないほど意外なそれに呆然としてしまうが、ふとこれまでの彼の言動を思い出してみれば、不思議と納得してしまえるような気もした。なぜなら彼は彩音に“すっげームカつく”と吐き捨てておきながら、危険が及んだ時にはいつも助けてくれているのだ。文句を言いながらも、いつだって、すぐに。 それを思うと咄嗟に向けられたあの言葉も、彼の本心なのではないかと思えてくる。 (犬夜叉っていつも不愛想で、乱暴だけど…きっと本当は…) そんな思いを抱えたその時、ふと視界の端でなにかが動く影に気が付いた。どうやらそれは邪見のようで、同じく離れた場所にいる彼は殺生丸を応援するように身を乗り出していた。 「殺生丸さまー、犬夜叉如き半妖なんぞ頭から食ってしまいなされ~」 邪見が声を張り上げるようにそう言い放った直後、突如溶けた骨の塊が彼に向かって勢いよく投げつけられた。すると見事それに押し潰された邪見は「お゙ゔっ」と声を漏らし、まるで轢かれた蛙のように情けない姿を晒してしまう。 唐突すぎるその光景。一体なにが…と驚く彩音が振り返ってみれば、塊を投げたらしい隣のかごめが邪見を強く睨み付ける様子が見てとれた。 「負けないわよっ。ね、彩音!」 「う、うんっ」 パワフルなかごめの気迫につい圧されそうになりながら、それでもしっかりと頷いてみせる。そうだ、自分たちも犬夜叉を応援しなければ。そう気を改めかけた――その瞬間、ダン、と大きな音が響かされたかと思えば、そこに大きく跳び上がった犬夜叉の姿が見えた。 「げ!」 「あっ…!」 弾かれるように振り返った時、鉄砕牙を両手で握りしめる彼はドガガガと凄まじい音を立てながら殺生丸の腕を真っ二つに斬り裂いてみせた。先ほどまでの状況からは考えられない、衝撃的な光景。邪見共々彩音たちが強く目を見張ると同時に、殺生丸の肩まで昇った犬夜叉は、仕上げだと言わんばかりに勢いよく鉄砕牙を振り切った。 直後殺生丸の腕は完全に断ち切られ、地響きを轟かせるほど強く沈む彼の体と共に、地面へ投げ出される。 それを横目に地へ降り立った犬夜叉は、自身の手に握られる見たこともない刀に目を丸くした。 「(これは…牙!?)」 「鉄砕牙が…変わってる…!?」 彼の手にあるもの、それは妖気を漂わせる大きな白い牙の刀だった。つい先ほどまでのボロ刀からは考えられないほど立派なもの。まさかこれが鉄砕牙の本当の姿だというのか、誰しもがそう驚いていると、肩口から大量の血を流す殺生丸が地面に沈んだその体を起き上がらせていた。 彼は腕を落とされて尚も鉄砕牙を奪うつもりなのか、ひどく血走った瞳で犬夜叉を睨み付けながらその身をにじり寄せてくる。 次の瞬間、殺生丸が大きく開いた口で犬夜叉に飛び掛かり、対する犬夜叉は即座に鉄砕牙を構えた。 「殺生丸! これで終わりだ!!」 「! ダメっ犬夜叉!!」 ドクリと心臓が嫌な音を立てた瞬間、彩音は弾かれるように制止の声を上げていた。しかし互いに飛び出した彼らの足が止められることはなく、渾身の力で振り切られた鉄砕牙は確かに殺生丸の胸へと叩き込まれる。その衝撃に体を突き飛ばされた殺生丸は骨の壁を激しく突き破り、瞬く間に霧が立ち込める骸の外へと投げ出されてしまった。 「殺っ!!」 体の芯に冷たいものが迸った錯覚を抱くと同時に駆け出した彩音はすぐに骸の外へ身を乗り出す。しかし霧の向こうに落ちてしまったのか、すでにそこには彼の姿は窺えない。たまらずドクリドクリと心臓が嫌な音を立てる最中、静まり返った骸の中から「あら。あら」と戸惑う邪見の声が聞こえてきた。 「せ、殺生丸さまっ、お待ちくださーい!」 犬夜叉に睨みつけられた彼は涙目で飛んでくると、殺生丸を追いかけるように呆気なく飛び降りてしまう。その姿にようやく我に返ったようはっと顔を上げた彩音は、嫌な鼓動を繰り返す胸に手を当てた。 どうしてよく知りもしない彼の窮地に、これほどまで心が乱されるのだろう。まるで自分の感情ではないものを抱いていたような気がして、彩音は小さく眉をひそめながらもう一度だけ骸の外へ視線を落とした。 「……」 彼ならば、この得も言われない感情を知っているのかもしれない。そう思ってしまうが、やはり眼下の景色に彼の姿はなく。やがて彩音は後ろ髪を引かれるような思いを抱きながらも、静かに犬夜叉たちの元へと踵を返した。 と同時に、「だ、大丈夫!?」というかごめの声が上がる。どうやら犬夜叉が崩れ落ちるように膝を突いたらしく、その姿を目の当たりにした彩音もすぐさま彼の傍へと駆け寄った。 そうだ、どうしてか殺生丸ばかりに気を引かれてしまったが、彼と闘っていた犬夜叉も相当の痛手を負っているはず。そう思い「犬夜叉…」と声を掛けながら彼の顔を覗き込もうとした、その時。 「ありがたいぜ親父…いい形見残してくれたじゃねえか…」 疲労感の滲む表情で、それでも確かに強気な笑みを湛えながら呟かれる。始めこそ興味を示さなかった代物だが、その力を目の当たりにしては彼も喜ばしく思ったのだろう。今では地面に突き立てた鉄砕牙を抱くように持っている。 そんな彼の姿に彩音たちが安堵感を抱いた頃、ふと小さな影が忙しなくこちらへ近付いてくる様子が見てとれた。どうやらそれは、しばらく姿を隠していた冥加のよう。 「いや~さすが犬夜叉さま。この冥加、犬夜叉さまを信じておりましたぞ」 「逃げたろお前」 「あ゙」 笑顔で犬夜叉の肩へ飛び乗ってくるも、冥加は即座にブチ、と音を立てるほど容赦なく犬夜叉の親指に押し潰されてしまう。 まだ彼と出会って間もないというのに、すでに見慣れてしまったような気さえしてくるこの光景。それに彩音がつい苦笑を浮かべてしまったのだが、その時不意に、犬夜叉の瞳がただ静かにこちらへと向けられた。それはいつもとは違う、なにかを孕んだ瞳。それに気付くもすぐに逸らされて、彩音がなにかと問う間もなく彼は立ち上がり、背を向けてしまった。 こちらに振り返ることもなく「さっさと帰るぞ」と、いつも通りの声を残して。 * * * 「ほお…この黒真珠の中に犬夜叉の父の墓が…」 犬夜叉の右目から取り出された黒真珠。それを手にして不思議そうな顔をするのは楓だった。 あれから無事に帰ってくることができた一同は楓の家へ戻り、突然いなくなったから心配したと言う楓に謝りながらこれまでの経緯を説明していた。そして一人でどこかへ行ってしまった犬夜叉を除く一同で囲炉裏を囲み、様々な疑問に首を捻りながら言葉を交わしている。 「しかし、なぜ彩音に鉄砕牙とやらが抜けたのか…やはりお主には、なにか不思議な力があるのかの」 こちらを見つめながら言う楓の言葉に、彩音は首を傾げながら難しい顔をする。 やはり誰もが一番不思議に思うのがその点だ。鉄砕牙という刀を遺した父の血を引く殺生丸でも、はたまたそれを託されたという犬夜叉でも抜けなかったというのに、なんの関係もないはずの彩音があっさりと抜いてしまったのだから。 彩音はこれまでに犬夜叉の封印を解くなど、他の者にはできないことばかりをして見せていた。だからこそ、楓は彩音に秘められる目に見えない力の可能性を考えたのだろう。だが、それに対して冥加だけは「ゔ~~ん」と唸りを上げながら神妙な表情を見せてきた。 「わしが思うに…彩音が人間だったからこそ抜けたのではないかと…」 「人間だったからこそ…? なんで?」 「元々鉄砕牙は犬夜叉さまの父君が、人間である母君の身を守るために作った妖刀なのじゃ。すなわち…人間を慈しみ、守る心がなければ使えぬ刀…」 冥加は四本ある腕を組み、鉄砕牙の生まれた理由を思い返しながら語る。彩音とかごめはその言葉にひどく覚えがある気がしては、迷うことなくあの時の犬夜叉の言葉を思い出していた。 ――おれがお前らを守るっつってんだ! その言葉を、彼がどういった心持ちで言い放ったのかは分からない。だが恐らく鉄砕牙はその言葉に、その時の犬夜叉に反応して変化を見せたのだろう。 彩音がなんとなくそれを察した時、不意にぴょん、と跳ねてきた冥加が彩音を見上げて言った。 「彩音、そろそろ犬夜叉さまの様子を見に行ってくれんか。今頃刀が元に戻って、ふて腐れておるかも知れん」 「うん。分かった」 冥加の申し出に頷くと、彩音はすぐに楓の家をあとにする。犬夜叉がどこへ行ったかなど聞かされていないが、きっといつもの場所だろう。そう考えた彩音が歩いて行くと、予想通りのあの場所に彼の姿があった。 いつもの木の枝の上。そこに座る背中に向かって「犬夜叉ー」と呼び掛けながら大きく手を振ってみれば、彼はすぐに気が付いたようでこちらに振り返ってくれた。その顔は大して変わらない、いつも通りの表情。 「よかった、ふて腐れてなくて」 「あ? なんでおれがふて腐れなきゃなんねーんだ」 「冥加じーちゃんが言ってたよ。刀が元に戻ってるだろうからって」 「なんでい冥加じじいの奴、知ってたのかよ。こいつ…また元のボロ刀に戻っちまった」 そう言いながらブン、と振り下ろされる刀。それは殺生丸の腕を落とした牙の刀と違い、元の古びたボロボロの錆び刀であった。どうやら冥加の言う通り、いつの間にか戻ってしまったらしい。 それに怪訝な顔を見せる犬夜叉だったが、ふとなにかを思い出したように顔を上げるとしゅた、と彩音の前に降りてきた。 「おめーあの時、殺生丸となに話してたんだ。それにその頭の紐…そんなもん今まで着けてなかっただろ」 「紐って…」 眉をひそめて問いただしてくる犬夜叉の言い草に思わず変な笑みを浮かべてしまう。 …それにしても、犬夜叉はこんな小さな変化に気付いたのか。ついそう思ってしまう彩音は髪に括られたリボンに触れ、これを受け取った当時のことを思い返した。 ――あの時犬夜叉は無女に心を探られていて、彩音と殺生丸がなにをしていたのか、なにを話していたのかはなにひとつ知らない。それを分かっている彩音はいつも通り全てを話そうとしたのだが、ふと、わずかな切なさを見せる殺生丸の瞳が脳裏をよぎった。 彼が犬夜叉には一度も見せなかった瞳。ただ一人以外には隠していた瞳。そんなものを見せてしまうような話だ。それを勝手に他者へ話してしまうのは悪い気がして、戸惑った彩音は困ったような笑みを浮かべながら、「えっと…」と歯切れの悪い声で語りだした。 「美琴さんのこととか、色々…教えてもらったりしてた、かな? あ、あと“私と来るか”とも言われた。それくらいだよ」 「な゙っ…そ、それくらいって…おめーまさか、ついて行くって言ったんじゃねえだろうな…!?」 「ううん、返事はしてないよ。急に周りが暗くなって、殺生丸が一人で歩き始めちゃったからうやむやになっちゃった感じ」 「そ、そおか」 さっぱりした様子で語る彩音に犬夜叉は腑抜けたように安堵する。 なんて分かりやすい反応。そう思ってしまう彩音はつい小さく笑い、まるで小さな子供をあやすように犬夜叉の頭をぽんぽんと撫でやった。 「そんなに心配しなくても大丈夫ですよー。私はもう犬夜叉と旅をする覚悟でいますからねー」 「ばっ、ガキ扱いすんじゃねえ! そもそも、おれはなにも言ってねーだろっ」 「言われなくったって分かるよ。犬夜叉分かりやすいもん」 顔を赤くして彩音の手を払いのける犬夜叉に、彩音はくすくすと笑みをこぼす。…なんだか、彩音にペースを乱されてばかりだ。彼女の姿にそう感じた犬夜叉は形容しがたい感覚に口をつぐみ、ついには「けっ」と吐き捨てて顔を背けてしまった。 すると、そんな彼の横顔をしばらく眺めていた彩音はそっと視線を落とし、持ち上げた右手を自身の胸へ静かに添えるよう当てがった。まるで自分の鼓動を確かめるような仕草。彩音はその手を離さないまま、ぽつりと、小さく呟くように話し始めた。 「なんかさ…私の体に、美琴さんの…不死の御霊っていうものが宿ってるんだって。それは美琴さんが宿っているのと同じだから…だからこれも、美琴さんのものだから、返すって」 そう語りながら、彩音は緩やかな風に揺れるリボンに左手を触れる。同時に、その言葉を耳にした犬夜叉が驚いたように振り返り、どこか切なげに見える彼女の姿に言葉を失くした。 見覚えのないリボンを身に着けたことに、理由があったのだと知って。その理由が、明るい話ではないことを知っていて。彼女に掛けるべき言葉に迷いながら、やがて同様に、その金の瞳を下向かせた。 「そうか…おれも、もしかしたらとは思っていたが…」 どこか言いにくそうに、バツが悪そうに呟く。どうやら犬夜叉も不死の御霊のことを、それに関わる話を知っていたようだ。加えて彩音から感じる、微かに覚えていた美琴の匂いに可能性を感じてはいたという。だがそれがあまりに酷なものだと分かっているからこそ、そうであってほしくはない。どうか勘違いであってほしいと思っていたと、小さな声で語られる。 それを聞かされた彩音は黙り込み、小さく自身の体を抱いた。 不死の御霊を宿す者は、妖怪にその肉を狙われる。殺生丸に聞かされた話が、犬夜叉にこのように思わせてしまうほどの事実なのだと、改めてそう強く実感すると同時に、ひどく恐ろしく思えて仕方がなかった。体が、震えそうになった。 「もしかして…私も狙われたりとか、するのかな。…あはは、それは、嫌だなあ」 ただ恐怖を誤魔化すように、小さく笑い掛ける。その笑みに見え隠れする拭い切れない恐怖心を目の当たりにしては、犬夜叉は強く目を見張って眉根を寄せた。たまらずその姿から目を逸らしてしまったが、グ、と口をつぐみ、再び彩音に向き直った――かと思えば、突然彼女の額をびしっ、と弾いてしまう。 「いった!? えっ、な、なんで…」 「そんなことはおれがさせねえ」 声を遮ってまで、そう言い切られる。そこには彼の真剣な眼差しが迫らされていて、今までに見たこともないほど確かな思いを感じるその瞳に、彩音は戸惑いも忘れてただ見惚れるようにそれを見つめ返していた。 まさか彼がこれほどまでに真剣な表情をしてしまうなんてと、驚くような思いさえ抱えて。 ――だが、それは彩音美琴、どちらに向けられたものなのだろう。 一瞬よぎったその思いで、突如我に返るように目を丸くした。そうだ、目の前にいる者が自分であるだけで、彼のその表情はかつての知り合いである美琴に向けられたものかもしれない。それを思うと得も言われぬ感覚が胸元にとぐろを巻いた気がしたが、不意に目の前の犬夜叉が「待てよ」と声を漏らし、なにやら訝しげに顔をしかめてこちらへ向け直してきた。 「そもそも、なんで殺生丸の奴が美琴を知ってて、そんなもん預かってたんだ? 人間嫌いのあいつが拒まねえどころか、不死の御霊のことまで知ってやがるなんて…あいつら一体どんな関係だったんだよ?」 「え゙」 お前なにか知ってんだろ。そう言わんばかりに向けられた目にぎくっ、と肩が跳ねる。だがそれはやはり第三者の自分がおいそれと話せるはずもないことで。彩音はただ必死に誤魔化そうと、分かりやすいくらいに四方八方へ目を泳がせていた。 「え、えーっとー…それはちょっと、私からは話せなくてー…」 「はあ? なんでだよ」 「い、色々あるの! 人の関係に無闇に首を突っ込まないっ」 「彩音が殺生丸のことを“殺”って呼んでたのも関係あんのか?」 諦めないどころか、確信を突くように問いかけてくる犬夜叉にぐぬ、と口をつぐんでしまう。なんでこう変なところで鋭いんだこいつは。そう思ってしまう彩音がどうにかこうにか犬夜叉の問いをかわそうとしたその時、ふと背後からなにやら弾んだ声が聞こえてきた。 「犬夜叉ー。教えてあげようか、鉄砕牙の使い方」 そう声を掛けてくるのは、どうしてか楽しそうな表情をするかごめだった。そんな彼女が持ち出した話題は、犬夜叉にとって今なによりも知りたいもの。おかげで彼の意識はあっという間にそちらへ向いてくれたらしく、なんとか難を逃れた彩音は“ナイスかごめ!”と内心ガッツポーズをしながら、逃げるようにかごめ側へと回り込んだ。 するとかごめは“なにか知ってんのか”という顔を見せてくる犬夜叉へ、自身と彩音を交互に指差しながらどこか弾んだ声で問いかけた。 「ねえ、これからも、その刀であたしたちのことしっかり守れる?」 「はあ?」 かごめの問いかけに、真意の汲めない犬夜叉は素っ頓狂な声を上げる。それどころか馬鹿にするような表情さえ見せて、それをかごめに大きく迫らせた。 「なにうわごと言ってんだおめーー熱でもあんのか?」 ぴたぴたとかごめの額を小突くように触れながらそんなことを言ってしまう犬夜叉。まさかそんな反応をされるとは思ってもいなかったのだろう、対するかごめはぽかんとした様子でその顔を見つめていた――が、それも束の間。かごめはすぐさま吠え掛かるように大きな声を張り上げた。 「おれは一生お前らを守るって言ったでしょー!?」 「言ってねーだろ一生なんて!」 知らぬ間に一言追加されていることを聞き逃さなかった犬夜叉は負けじと声を荒げる。確かに“一生”とは一度も言っておらず、それを覚えていた彩音はつい苦笑を隠せずにいた。すると犬夜叉は親指で自身を指し示し、顔を迫らせながらきっぱりと言い切るよう語り出した。 「いいか。おれはいずれ本物の妖怪になるんだぜ」 「……」 「これさえあれば、四魂の玉なんぞあっという間に集められる。おめーらなんぞ守るために使ってたまるかよ」 「おすわり!」 犬夜叉が言い切るが早いか、完全に怒ってしまったかごめから言霊が炸裂する。途端、それは容赦なく犬夜叉の体を鎮め、物理的に地面へと沈み込ませてしまっていた。 「もしかするといい奴かもしれないと思ったあたしがバカだった」 「待てっ、使い方教えてけ!」 呆気なく踵を返し去ってしまうかごめへ必死に手を伸ばすが、彼女が振り返ってくれることはない。そうしてあっという間に遠ざかってしまうかごめを見届けていた彩音は振り返り、呆れたように笑いながら犬夜叉の前にしゃがみ込んだ。 「バカだなー。素直になればいいのに」 「はあ? おれはいつだって素直だっつーの。それより、おめーは知ってんのか。鉄砕牙の使い方」 「さあ、どうかなー?」 地面に伏せたままの犬夜叉へ首を捻れば、「おめーのその顔は知ってやがるな…」と目を細められた。かと思えば、ずい、と手を伸ばしてくる。起こせということだろうか、そう考えた彩音がその手を取った途端、犬夜叉はその手にギュ、と強く力を籠めてきた。 「さあ吐きな。おめーだけは吐くまで逃がさねえからな」 不敵な笑みを浮かべてそう告げてくる犬夜叉に、彩音は少しばかり目を丸くする。しかし呆れのため息がこみ上げてくるとつい笑みを浮かべて、「はいはい」と困ったように言い返した。本当に子供っぽいんだからと、放っておけない思いを抱いて。

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