13

「中々面白い見世物だった。もういい…死ね」 冷酷に告げながら静かに鉄砕牙を掲げる。その殺生丸の姿に先ほどの凄まじい一撃を想起させられた犬夜叉は「くっ」と小さな声を漏らして表情を強張らせた。それと同時に、殺生丸の毒爪に傷つけられて血が滲む右腕をギュッ、と握りしめる。 まるで左手の爪に自身の血を纏わせるように。 「当たんじゃねえぞ彩音! 飛刃血爪!!」 「な゙っ!?」 「!」 突如忠告するように声を上げられたかと思えば目の前にいくつもの深紅の刃が迫りくる。それに彩音がぎょっとした表情を見せた瞬間、その姿を隠すように立ちはだかった殺生丸が鉄砕牙でそれを防いでみせた。 これまでの様子から殺生丸は彩音をかばうだろうと踏んでいた。そしてその予想が的中し、一瞬ながらも殺生丸にできた隙を見逃さなかった犬夜叉は途端に地を蹴ると、背後の弥勒を担ぐようにして錫杖を持つ七宝とともに強く駆け出した。 「弥勒、てめえいつまで腰抜かして… (熱い…毒のせいか。まさか…危ねえのか!?)」 思わず厳しい声を途切らせてしまうほどの異変に気が付いては冷や汗が滲み出す。犬夜叉が思っていた以上に、弥勒の体は危険な状態にあるらしい。それを嫌でも感じさせられると、犬夜叉は傍に転がる鬼の巨大な残骸の陰に弥勒を投げ出し、強張った表情を殺生丸の方へ振り返らせながら七宝へ言いやった。 「七宝、こいつの面倒みとけ!」 「え゙、犬夜叉は一緒に逃げんのか!?」 「おれは彩音を取り戻す! (おれが…やるしかねえ!!)」 驚愕する七宝にどこか悔しげな色を滲ませながら言い切る犬夜叉。しかしその足が鬼の残骸から踏み出されるより早く「隠れても無駄だ!」という声が響き、直後、鬼の残骸が等分されるようドワッ、と強く激しく斬り割かれた。 一瞬で見る影もないほど無残な肉片へと変えられ、地に降り注ぐ鬼の残骸。それを眺める殺生丸はあまりの呆気なさに小さく嘲笑するような声で呟いた。 「ふっ…消し飛んだか…」 「…犬…夜叉…」 ドサドサ…と生々しい音を立てて地面に落ちる肉片を見つめながら彩音は声を詰まらせる。 そこに彼らの姿はない。だが陰に入ったのを確かに見ていたために、犬夜叉たちが本当に消されたのではないかという嫌な思いが胸のうちに渦巻いて仕方がないのだ。 ――だが次の瞬間、鬼の肉片の中から見慣れた赤が勢いよく飛び出した。 「そう簡単にくたばってたまるか!!」 「! バカが、わざわざ飛び出してくるとは!」 怯む様子もなく飛び掛かってくる犬夜叉へ躊躇いなく鉄砕牙が振り下ろされる。その容赦のない姿に「くっ」と短い声を漏らした犬夜叉は、途端に手にしたもので鉄砕牙をカカッ、と受け止めてみせた。 「(鉄砕牙を受け止めた!? これは…鉄砕牙の鞘!!)」 たまらず驚愕の表情を見せた殺生丸の目の前で鉄砕牙と交差するもの。それは鉄砕牙のために作られた黒い鞘であった。犬夜叉に両手で押さえるよう掲げられる鞘はあの凄まじい威力を持つ鉄砕牙を相手に互角で渡り、ギリギリギリと音を立てながら押しつけてくる刃をヒビひとつなく防いでいる。 だがこれもいつまで持つか分からない。そんな不安を抱く犬夜叉は、かつて雷獣兄弟との戦闘で使用した際に折れる寸前まで追い込まれたことを脳裏に甦らせていた。そのためか一層の焦燥感を駆り立てられるような気がして、犬夜叉は鞘を強く押すまますぐさま彩音へと声を荒げる。 「彩音! 今のうちに弥勒のところに行け! 早く!」 「っ…ごめん殺生丸!」 「!」 わずかにたじろいだ彩音は咄嗟に謝りながら殺生丸の元を離れる。 本当は二人が争うのをどうにかしてでも止めたかった。だが自分にそんな術があるとは思えず、さらにあの場に留まっていては間違いなく犬夜叉の足を引っ張っていただろうと考え、彩音は躊躇いながらも犬夜叉の指示に従うことを選んだのだ。 それに、弥勒だって心配だ。最猛勝を吸い込んで以来明らかに弱っていたのだから。 それを思っては自分の無力さを悔いるような思いを打ち消し、鬼の肉片が散らばるそこにいるという弥勒の元へと懸命に駆けていった。 するとそこに、肉片から顔を出す邪見の姿が見えて。直後、その頭をがっ、と無造作に掴み込む弥勒とともに七宝までもが肉片から姿を現す様子が見て取れた。どうやら無事であったようだが、その弥勒は弱りながらも凄むような表情を見せ、それを邪見へと迫らせている。 「どお~も引っかかりますな。私はあなた方とは初対面のはずだが…あの毒虫の巣…まるで私のためにあつらえたような。どういうことですか?」 わずかに引きつる笑みで邪見を見据えながら問い質す弥勒。どうやらあの巣の存在が気に掛かっており、邪見に直接聞き出そうとしているようだ。 その場に辿り着いた彩音も同じく邪見へ問うような視線を向けながら答えを待つが、手を放された彼は後ずさりながらもどこか偉そうな態度を見せてくる。 「そのようなこと…貴様に話す筋合いはないわ」 「ほお~」 邪見の言葉に弥勒が薄い笑みを浮かべる。かと思えばその瞬間、間髪入れずして邪見の顔面をばきょ、と躊躇なく殴りつけてしまった。途端、「はうっ」という邪見の情けない声が響く。だが弥勒はそれだけに留めず、さらに険悪な表情で邪見の胸ぐらと頭を掴み込み、ぎりぎりぎりと容赦なく締めつけ始めた。 「調子こいてんじゃねえぞ、てめえ」 「え゙、ちょっと……」 穏やかだった彼からは想像できないほどの豹変ぶりに邪見は戸惑いと怯えを露わにしてしまう。そんな二人の姿を傍で見ていた七宝と彩音は、 「(や…やっぱりこいつは不良じゃ)」 (めちゃくちゃ不良じゃん…) と目を丸くさせながら、それぞれ戸惑いと呆れの様子を見せていた。 どうやら弥勒の容体は思っていたより悪くないらしい。そう感じた彩音は少しほっとしながら背後の屋敷の方へと視線を上げた。 かごめは恐らく薬を取りに行ったのだろう。この状況からなんとなくそれを感じとっては、一度犬夜叉たちの方へ振り返る。 「……ごめん二人とも。ここで待ってて」 なにを考えたのか、彩音はしばらくの沈黙のあとにそう告げると返事を待つこともなく屋敷の方へと駆け出した。 ――その頃、鉄砕牙と鞘を交える二人は依然として睨み合うような状況が続いている。だがそれでも犬夜叉の持つ鞘がわずかに押されており、懸命に抗うその姿を見下ろす殺生丸は嘲笑うような笑みを浮かべた。 「刀と鞘で勝負になると思うのか? 犬夜叉…」 「ふっ。これはそんじょそこらの鞘じゃねえ。てめえの頭かち割るくらいはできるぜ!」 突如そんな声を上げながら鞘を押し込むようにして殺生丸ごと鉄砕牙を押し返してみせる。しかし後退させられる殺生丸の足はすぐに地面を強く踏みしめ、 「面白い、やってみろ!」 と鉄砕牙を勢いよく振るい犬夜叉を突き放した。その威力に「くっ」と短い声を漏らした彼は地を滑るよう弾かれる。それでも殺生丸は手を緩めることなく、さらなる追撃を加えるよう鉄砕牙を握り締めながらそれを振り上げた。 「もっとも、その前に貴様は消し飛んでいるだろうがな」 そう言い捨てると同時に振るわれた鉄砕牙の凄まじい風圧に「うわっ!」と悲鳴紛いの声を上げる犬夜叉。その光景を、いままさに屋敷から出てきたかごめと彩音が目の当たりにした――次の瞬間であった。 「やめて殺生丸!」 「!?」 彩音の声が響くと同時、犬夜叉へ襲い掛からんとする鉄砕牙へ凄まじい勢いのなにかが激しく打ち付けられる。それがガガガ、と鉄砕牙の側面を昇るように走った直後、突如鉄砕牙は白い牙の刀から元の古い錆び刀へとその姿を変えてしまった。 「(鉄砕牙の変化が解けた!?)」 目を見張る殺生丸だけでなく、犬夜叉すら驚愕を隠せない様子で鉄砕牙を見つめる。そして鉄砕牙が纏う細い煙の先を追うように視線を移せば、そこには地面に突き刺さった一本の矢が同じように煙を引いていた。 “矢”。覚えのあるそれに確信を抱くような思いで放たれた方角に振り返れば、そこには弓を構えた彩音とその弓を受け取らんとしながら矢を握り締めるかごめの姿があった。 「殺生丸! 次は体に当てるわよっ」 「いまは引いて、犬夜叉!」 彩音から弓を受け取り構えるかごめの隣で切に訴えてくる彩音。 イチかバチかの方法ではあったが、強制的に鉄砕牙の変化を解くことができたことで二人の闘いは一時的ながら止められた。どうにかしてこのまま収束に向かわせられないだろうか… そう考える彩音に対し、殺生丸と犬夜叉は隠し切れない驚愕と動揺の色を露わにするまま彩音を見つめていた。 「(あれの矢が、鉄砕牙の変化を解いた!?)」 「(彩音が…やったのか!?)」

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