「…うっ…」
意識が覚醒し始め、同時にズキ、と痛んだ体に小さく声を漏らす。そうしてゆっくりと目を開いてみれば、自分の上を大きく覆っている茂みの隙間から微かに差し込むオレンジ色の光が見てとれた。
向こう側の景色は見えない、だが確かに夕暮れの色であるその光にはっと目を見張って起き上がると、体中に小さな痛みがいくつも走って顔をしかめた。
それでもしっかりと辺りを見回せば、この茂みの中は大きな穴のような空間になっていることが分かる。恐らく動物かなにかが掘ったのだろう、地面には枝や葉などが多く敷き詰められていて思ったよりもずいぶん柔らかい。
彩音が勢いよく滑り落ちたというにも関わらず大きな怪我をした形跡がないのは、きっとこれのおかげだろう。
(! そうだ結羅はっ…)
はっと我に返るように彼女の存在を思い出しては背後の急斜面へ振り返る。
彩音が滑り落ちてきた場所、その向こうには茂みがぽっかりと口を開けているのが見て取れた。
息をひそめるようにしてそこを見つめるが、特に気配は感じられない。あれから時間も経っているようだし、上手く撒くことができたのだろうか。
そんな思いで恐る恐る斜面を這い上がっては、深い茂みの陰からこっそりと外の様子を窺った。
(…いない、よね…)
しばらく身をひそめて待機してみるが、やはり周囲には人の気配ひとつ感じられない。耳を澄ませても聞こえるのは和やかな小鳥のさえずりだけ。そこまで確認して、ようやくほっと息をついた。
だが、無意識に胸を撫で下ろしたその感触になにやら強い違和感を覚える。
「ん…? あ、あれ…え!? 嘘でしょっ!?」
思わず大きな声を上げては慌てて体中をまさぐるようにバタバタと忙しなく叩いていく。しかしそのたびにわずかな砂埃が舞い、付いていた葉や枝がポロポロと落ちていくだけで、目当てのものは一向に見つかる様子がない。すぐさま自分が気絶していた場所まで駆け下りて隈なく探し回るが、やはりそれは出てこない。
やがて
彩音は体を急停止させると、小さく震えるようにさあー…と顔を青くさせていった。
「四魂の玉のかけら…失くしちゃった…」
たまらず口にすればその事実がより一層重くのしかかってくる。途端に頭の中では“やばいどうしよう私のせいだ”、“いつどこで…”、“まさか結羅にとられた…!?” と様々な言葉がグルグル巡って目が回りそうなほどに混乱していく。すぐに頭を抱えてかけらを失くしてしまった瞬間を思い出そうとするが、どれだけ思い返してもかけらを気にする余裕などない場面ばかりだったことしか思い出せず、なにひとつこれっぽっちも全く見当がつかない。
このどうしようもない焦りと罪悪感にあああ…と崩れ落ちて嘆いた、その時だった。
「おい」
「ひぎゃああっ!?」
突然あるはずもない声を掛けられて叫んでしまう。するとその声に驚いた彼が「やかましいっ」と慌てて口を押えてきて、
彩音はさらに慌てるようにバタバタと抵抗した。そして無理やりその手を引き剥がすと、先ほどまではいなかったはずの犬夜叉の姿を愕然とするように見つめた。
「な、なんであんたがここにいるの…!?」
「楓ばばあがお前ら一人でもいいから連れて来いっつったんだよ」
「いやそうじゃなくて! なんでここが分かったのってこと!」
「はあ? んなもん、匂い辿りゃすぐ分かるっつーの」
「に、匂いって…あ、そっか。あんた犬だっけ…」
当然のように言ってのける犬夜叉にぼんやりと納得する。そういえば彼はいつも事あるごとに匂いがどうのと言っていたような気がする。それを思い出しては、なんだか緊張の糸が切れたように体の力が抜けていくのを感じた。もしかしたら犬夜叉が現れて多少なりとも安心したのかもしれない。
彩音がそんな可能性を脳裏によぎらせた時、突然手を伸ばしてきた犬夜叉が乱暴に
彩音の腕を掴み込んだ。
「来い! おめえなら見えるんだろっ」
「えっま、待ってよ! 見えるってなにが!?」
わけも分からないまま犬夜叉に引きずられるよう茂みを抜け出せば、いつの間にか辺りには薄い暗闇が下りてきていた。やはりあれからそれなりの時間が経っているようで、近くに結羅の気配はない。あの鋭い髪も結羅がいた時よりずいぶん少なく、“今なら…”とよぎらせた
彩音はすぐさま井戸がある方へ駆け出そうとした。
――しかし、
彩音の腕は犬夜叉に掴まれたまま。ぐん、と互いに引っ張り合うような形でよろめくと、顔を見合わせた
彩音はじー、と犬夜叉を見つめた。かと思えば空いた手で犬夜叉の手をひょい、と外してしまい、深々とお辞儀をしてみせた。
「今までお世話になりました。じゃ、あとは頑張って!」
「あっ、てめえ!」
言い切るが早いかすぐさま踵を返して走り出す
彩音に犬夜叉が吠える。当然彼が放っておくはずもなくすぐに追い始めると、それに気が付いた
彩音は「げ」と声を漏らしてしまいながら一層猛スピードで逃げ出した。
「ついて来ないでよ! あんた一人でやれるって言ったでしょ!?」
「やかましい! いいからさっさとついて来い!!」
「いーやーだー!!」
必死に声を上げ合いながら森の中を駆け続ければ、ようやく目的の井戸が木々の向こうに見えてくる。どうやらその周辺も、結羅の髪は通り抜けられるほどの少量しか張り巡らされていないようだ。
これならば行ける。そう息を飲んで髪をかわし、真っ直ぐに井戸へ駆け込もうとした――が、突然背後から跳んできた犬夜叉が行く手を阻むようにダン、と立ちはだかってくる。その時彼は張り巡らされた髪に触れたというのに怪我一つ負わず、衣すら切れていない様子。それに思わず
彩音が目を疑うが、犬夜叉はそんなことにも気付かず勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべて
彩音を見据えていた。
「さあ、観念しておれについて来な」
「……ふっ、バカな犬夜叉」
「あ?」
「おすわり!」
「ぎゃんっ!!」
言霊を放ってしまえばこちらの勝ちだ。そう意気込んだ
彩音は念珠の力で犬夜叉を地面に沈めるなり、慌てて髪を避けながら井戸へと駆け寄った。そして中へ飛び込もうとしたその刹那、遠くでザワザワと微かな音を立てるなにかの存在に気が付いて。眉をひそめながらそこへ振り返れば、暗闇の中に蠢くなにかがこちらへ迫っているのが見えてきた。
「えっ、なっ、なんか来たーっ! 犬夜叉、あとはよろしく!!」
慌てた
彩音はすかさず敬礼をすると井戸の中へ飛び降りる。すると犬夜叉はよほど苛立っているのか、迫りくるなにかに目を向けることもなく
彩音を追うようになりふり構わず井戸へ飛び込んできた。
「逃がすかこのやろう!」
「は!? なんでついて来てんの!? 帰れ!!」
「てめえが観念するまでぜってえ帰らねえ!」
「意味分かんない! ストーカーかあんたはっっ」
犬夜叉が執念深く追ってきては狭い井戸の中で互いに取っ組み合うように腕を掴まれたり放させたりと暴れ続ける。そうこうしてやかましく言い合っていたからか、二人は井戸の中で不思議な光や浮遊感に包まれていることにも気が付かず。やがてそれらが消え失せ、湿った土の上にゆったりと足を着けても尚、二人は食い掛かるように強く声を荒げ合っていた。
「あんた強いんだから、一人でもあの髪なんとかできるでしょ!」
「楓ばばあといい、髪ってなんの話だ! んなもん見えねえんだよ!」
「はあ!? はっきり見えるでしょ! あんた目悪いんじゃない!?」
「んなわけあるかっ」
「じゃあなんで…」
「
彩音っ!」
「「!」」
突然互いのものではない声を響かされてピタリと黙り込む。そのまま呆気にとられるようゆっくり顔を上げてみれば、四角く切り取られた空間に嬉しそうな顔を見せるかごめがいた。その傍にはかごめの家族らしき三人の姿。祖父であろう老爺に向けられる懐中電灯に煌々と照らされながら、
彩音と犬夜叉の二人は互いにぽかんとした顔を見合わせたのだった。
――やがて二人が井戸から引き上げられると、井戸を囲うように建てられた祠をあとにする。そこで
彩音はただ呆然と、立ち尽くすように辺りの景色を見回していた。
広い敷地に石畳で作られた参道、揺れる火の灯った灯篭に古びた鳥居。そして戦国時代でも目にした、大きな大きな御神木。
初めて訪れるここはかごめの実家でもある日暮神社だ。初めてなのだからこの場所に見覚えがないのは当然のこと。しかし
彩音はそれだけでなく、高い場所に位置するここから望める街の景色に、得も言われぬ違和感を抱いていた。
(ここ…本当に、私が元いた時代…?)
学校から遠くないと聞いていたこの場所から見える景色は確かに見たことがある、いつも見ていた景色のはずだ。しかし夜闇に包まれた街に灯る煌びやかな光は、普段見ていた夜景のそれと違う気がしてならなかった。
なぜそのような感覚に包まれてしまうのか。たまらず疑問を抱きかけた
彩音だったが、その時背後から聞こえてきた声によってそれは掻き消されてしまった。
「耳…本物?」
「次ぼくもぼくも」
「そういえばあたしも触ってない」
なにやら楽しげな声に振り返ってみればかごめの母が犬夜叉の耳をくいくいと触っていて、かごめの弟である草太やかごめまでもが順番待ちをするように犬夜叉へ寄り集まっていた。
人間っぽくない彼を見て最初にやることがそれなのか。ついそんなことを思ってしまった
彩音だが、思い返せば自身も初めて彼を見た時に同じことをしていたためなにも言えず、ただ苦笑しながらその様子を見守っていることしかできなかった。
しかしそんな時、犬夜叉の肩付近に絡みつくなにかがわずかに動いていることに気が付いた。
「い、犬夜叉っ。肩のそれ、結羅の髪じゃ…」
「髪だと!? どこだ!」
「うそ、本当に見えないの…!?」
月明かりに細く反射するそれを指差しても犬夜叉は気が付かない。その様子にもどかしさを覚えた
彩音がすぐさま犬夜叉から髪を取り上げると、それは
彩音の手に強く巻き付いてチッ、と切り傷を作ってしまった。
(っ!? 髪が独りでに…)
「これかっ」
彩音が慌てて髪を離した瞬間、犬夜叉が爪を振るいその髪を散らしてみせる。どうやらわずかに
彩音の血が付いたことで犬夜叉の目にも髪が見えたようだ。しかしかごめの家族は先ほどの犬夜叉同様に怪訝な顔をして
彩音の手を見つめてくる。
「君、その血…」
「どうしたの!?」
(え…誰も見えてないの…!?)
誰しもが分からないといった様子を見せるのに
彩音は眉をひそめる。結羅に襲われた際、一緒にいたかごめには確かに見えていた。だというのに、他には誰も見えないというのか。
その不可解な状況に眉根を寄せていると、背後の祠からザワザワと微かな音が聞こえてきた気がした。
(! まさかこの音って…)
途端に感じた嫌な予感。すぐに犬夜叉の手を取って弾かれるように祠へ駆け込めば、その中央に鎮座する井戸の中から複数の髪の束が這い出ているのが見えた。やはり予感通り、髪は
彩音たちを追って現代へ来てしまっていたようだ。
彩音がすぐさま祠の戸を閉め切ると、隣の犬夜叉はどこか感心したように落ち着いた様子でこちらを見つめてくる。
「楓ばばあの言った通り…目だけはいいらしーな」
「あのねえっ…」
「
彩音!? なにがあったの!?」
「ダメ! ここは危ないから、かごめは家族を守ってて!」
駆け寄ってきたかごめに戸を開けられないよう押さえながらそう言いつけた次の瞬間、突如髪の毛は井戸の奥からドワッ、と溢れ出すようにその質量を増した。それに驚く間もなく、髪は
彩音を叩き付けるように束で襲い掛かってくる。思わず「うわっ!」と声を上げながらそれを避けると、次いで犬夜叉に襲い掛かろうとするそれに咄嗟に声を上げた。
「犬夜叉! 前っ!」
「ここか!?」
犬夜叉は
彩音の言葉通り目の前の髪を切り裂く。だがその瞬間別の方向から伸ばされた髪によって左の手足を拘束されてしまった。思わず
彩音が表情に不安を滲ませかけたその時、彼はそれが見えないながらもおもむろに掴み込み、強引に引き千切ってみせる。それにより髪は無残にも散っていくがその量が減ることはなく、切られた傍から集まっては次々と二人に襲い掛かっていた。
彩音は髪が見えるから避けられるが、犬夜叉はそうもいかない。千切っても千切っても繰り返し体を拘束され、その煩わしさに「ちっ」と大きく舌打ちしてしまいながら何度も周囲の髪を振り払っていた。
このままではキリがない。そんな思いに駆られる
彩音が井戸へ回り込むように髪をかわしたその時、他とは違う一本の髪に気が付いた。それは井戸から唯一張り詰めるように伸びたもの。他にはない光をキラ…と垣間見せるそれを見つめては、すぐさま犬夜叉を呼びつけた。
「犬夜叉! この髪が怪しい!」
「ここか!?」
彩音が指し示すも犬夜叉の振るった爪は届かない。髪が見えないために正確な位置が分からず、その狙いが定められないのだ。それにもどかしさを覚えた
彩音は辺りになにか使えるものがないかと視線を巡らせたが、この祠に使えそうなものなどなにもない。
たまらず唇を噛みしめ、なにか方法がないかと考え始めた――その時だった。
「! あっ!」
二の腕に走る鋭い痛み。怪しい髪に集中していたため迫る髪をかわし切れず、まんまと腕を掠められて血を滲ませてしまった。それにより犬夜叉から「なにやってんだ!」と叱咤されたが、対する
彩音はおかげでヒントを得ることができていた。
(そうだ、さっきみたいに…髪に血が付けば!)
犬夜叉の肩から髪を取り上げたあの瞬間を思い出しては、すぐさま井戸の縁に上がり髪を掴み込んだ。痛いのは嫌いだ、だがそんなことを言っていられる状況ではない。
彩音は強く覚悟を決めると、手のひらに髪を食い込ませるよう強く力を込めた。その瞬間肉が切られる鋭い痛みが走り、ほんの小さく血しぶきが飛ぶ。強い痛みを堪えるように歯を食いしばっていれば、やがて細い髪にツー…と一筋の赤が伝っていった。
「っ犬夜叉!」
「! 見えた!!」
必死に彼を呼べば即時勢いよく爪が振るわれる。今度こそ確かにその髪を断ち切ってみせると、犬夜叉に絡みついていた大量の髪の束が途端に解け、やがて空気に溶けるように消えていった。
ようやく訪れた静寂。それに包まれた
彩音は小さく息を吐き、井戸の縁から下りてはそのまま力が抜けたようにへたり込んでしまった。
「やっと終わった…」
「まだ終わっちゃいねえぜ。親玉はまだ生きてる」
忘れるなと言わんばかりに告げられて思わず肩を落としてしまう。しかし彼の言う通り。恐らくこのままここにいても、また次の髪が井戸から這い出てくるだけだろう。それを思うと、
彩音はふとした疑問を抱かずにはいられなかった。
(なんで結羅はわざわざ現代まで髪を…? もしかして、結羅は四魂の玉のかけらを手に入れてないとか? でも…手に入れてないなら、あんなにあっさり私を見逃すはずがない…)
様々な思考を巡らせて滲む汗を伝わせる。そんな時、ふと結羅と対面したあの時の記憶が甦った。
うっとりと見惚れたように向けられた瞳に、はっきりと告げられた“あんたの髪、あたしのものにしてあげる”という言葉。それに加えて
彩音は拘束から逃れるために結羅の腕を蹴り上げ、彼女の怒りに触れてしまっている――
こうして考えてみれば、狙われるには十分すぎる材料が揃っているではないか。それに気が付いてしまった途端思わず頭を抱えた。
少なくとも
彩音が狙われていることは明白だろう。ということは、これ以上ここにいてもかごめやその家族に危険が及ぶだけ。それを悟っては決意するように口を結び、すぐさま井戸へ手を掛けた。
「戻ろう、犬夜叉」
「やけに物分かりがよくなったじゃねえか」
「狙われてる以上仕方ないでしょ。私だってできれば戻りたくないんだから…」
暗い井戸の中へ視線を落として呟くように言うが、その足は中々踏み出すことができない。まだ怖いのだ、あの時代が。架空の存在だと思っていたはずの妖怪がのさばり、少しでも油断しようものならば命を狙われる危険な世界。
この数日間で味わった恐怖にたまらず足を竦めてしまいそうになった、そんな時。不意に視界の端でほのかな光がちらついた気がした。
「え?」
驚いて視線を向けてみれば、その微かな光は
彩音の体から発せられているのが分かる。手のひらと、二の腕の傷口。そこから蒼く優しい光がシャボン玉のように立ち上り、静かに消えていく。同じくそれに気が付いた犬夜叉が
彩音同様目を丸くしていればやがてその光は消え、そこにあったはずの傷さえも消してしまっていた。
「な…なに、これ…」
「
美琴の…治癒能力だ…」
初めて目にするそれに驚く
彩音の隣で、また別の意味で驚く犬夜叉がそう呟き眉根を寄せる。
美琴の治癒の力――かつて百足上臈に切り裂かれた傷が治っていると気が付いた時にも、犬夜叉は同じようなことを言っていた。優れた能力だと。傷などたちどころに直してしまうという力だと。恐らく今までに負った傷も、気付かない間にこうして消えていたのだろう。そう思わされる現象につい言葉を失い、失せてしまった光を追うように虚空を見つめていた。そんな時、
「いつまでもぼーっとしてんじゃねえ」
「うわっ」
不躾な声を向けられると同時に頭へバサ、となにかを被せられる。突然視界を覆われたことに驚いた
彩音が慌ててそれをずらすと、目の前には白小袖姿でそっぽを向く犬夜叉がいた。
思わずえ、と小さな声が漏れそうになる。同時に自身の手元に見慣れた赤があって、釣られるように視線を落とした。
衣だ。さっきまで着ていたはずの、犬夜叉の赤い衣が渡されていた。
「火鼠の毛で織った衣だ、ヘタな鎧より強いぜ」
「もしかして…貸して、くれるの?」
今までにない優しさについ戸惑いながら、そう問いかけてしまう。すると犬夜叉はこちらへ向き直ってくるなり、バカにするよう怪訝に歪めた顔をこれでもかというくらいに迫らせてきた。
「なんかお前メチャクチャ肌が弱いみてーだからな」
「…悪いけど、これが普通だから」
まるでこちらが稀有だと言わんばかりの犬夜叉に乾いた笑みで言い返してやる。すると犬夜叉はそれを気にする様子もなく井戸の縁へ足を掛け、ほんの小さく「その力にあんま頼るんじゃねえぞ」と呟いてきた。だが
彩音はその声をうまく聞き取ることができず、え? と聞き返しそうになって。すぐに犬夜叉を呼び止めようとしたが、
「ここでゴチャゴチャやってても進まねえ。さっさと行くぞ!」
彼はそう声を張り上げ、さっさと井戸の中へ飛び込んでしまった。止められなかった、というより、止める隙もなかった。そんな彼を前に、さっきの言葉はなんだったのだろう、と頭の片隅で引っかかるように思ってしまう。
だがそれも束の間、すぐに頭を振るっては、躊躇いもなにもかもを振り切るように勢いよく井戸の中へと飛び込んだ。