15
二人でゆっくり話そう、ということで、私たちは出会ったあの村から少し離れた場所に身を移していた。そこにちょうどいい倒木を見つけては並んで座り、互いにこれまでの経緯を話していく。
――どうやらかごめちゃんは自宅である神社の古井戸に現れた妖怪に捕まったらしく、そのまま戦国時代へ引きずり込まれたのだという。ややあってあの犬夜叉くんと出会い、体の中にあったという四魂の玉とやらを予期せず砕いちゃって、そのかけらを集めていくうちにあのお仲間さんたちと出会ったんだとか。
「…でね、奈落っていう最低な奴が…」
「えっ」
聞き覚えのある名前にドキ、と肩が小さく跳ねる。私にとってはあまりにもタイムリーすぎる名前だ。
「私…この前その奈落さんって人に会ったよ」
「うそっ。大丈夫だった!? なにもされてない!?」
「されそうにはなったけど…殺生丸さまが助けてくれたから」
平気、と言えばかごめちゃんは心底ほっとした顔を見せてくる。そんなに心配するくらい奈落さんは極悪なのか。
そう感じてしまう私が唖然としていれば、かごめちゃんに「あんな奴に“さん”なんて付けなくていいのよ!」と怒られてしまった。うん…私もそんな気がしていたし、これからはやめておきます。殺生丸さまにもいずれ怒られそうだからね。
なんてことを考えていればかごめちゃんの話が終わったようで、突然ずずいっ、と顔を近付けられた。
「それで? なんで
志紀ちゃんはこっちにいて、あの殺生丸なんかと一緒にいるの?」
そう問いかけてくるかごめちゃんは本当に不思議そうにしていて、私が殺生丸さまのところにいることが到底信じられない様子だった。というか、あの殺生丸さまを呼び捨てにするとは…かごめちゃん、恐ろしい子…。
「私は別に、かごめちゃんみたいに壮大なストーリーはなくて…なぜかいきなりタイムスリップしたと思ったら殺生丸さまのお膝の上で、帰る方法を探すためにつれて行ってくださいって頼み込んだら、ここまできた感じかな」
かごめちゃんほど目立った出来事がなくてかなり簡潔に話してしまう。とはいえちょっと掻い摘みすぎた気がするけど…ちゃんと伝わったかな。そう思ってかごめちゃんの表情を窺ってみれば、なんだかぎょっとしたすごい顔をしていた。
な、なにその顔。どうしたの、と言えばかごめちゃんはわなわな震えて顔を青ざめさせる。
「
志紀ちゃん…殺生丸の膝に乗って…無事だったの…」
ああ、なるほど。確かにそう思うよね…。私だって思ったことがあるし、今でもよく思う。正直こうしてピンピンしていられるのが不思議なくらい。
「ご迷惑をおかけして何度も何度も怒られたりしてるけど、なんやかんやでやっていけてるよ」
「そう…ならよかった。殺生丸って大の人間嫌いで、女子供も容赦しないでしょ? だから
志紀ちゃんもひどい目に遭わされてないか心配なのよ」
突然両手を包むように握りしめてそんなことを言われてしまった。
うーん…確かに冷酷だとかなんとか聞くけど、実際の殺生丸さまはそんなことを感じさせないくらい優しいと思う。もちろん、たまに怖いところは見せられる。けど命の危機に曝されるようなことはなかったし…
と不思議に思っていれば、かごめちゃんが“実際に殺されかけた”なんて話を持ち出してきてギクリと身を震わせてしまった。この様子だと到底ウソは言っていないし、その前後の話を聞く限りだと信じられる気もする。
…私、よく殺されなかったな。
たまらずそんな思いが浮かんでぶるりと悪寒を走らせたけど、そもそも私がついて行く前から殺生丸さまのお傍にはりんちゃんがいたのだ。だから殺生丸さまがめちゃくちゃ人間を嫌ってる、なんてところは実際見たことがない。
そんなことを考えて平然としたままでいる私を見たかごめちゃんがぽかーんと拍子抜けした顔を見せる。さらには「すごいわね、
志紀ちゃん…」なんて言ってくれた。お褒めに預かり光栄です。
「別に私はすごくないんだけどね……ところで、かごめちゃん。犬夜叉くんがこっち見てるんだけど…大丈夫?」
「え゙」
私が指差した方を見たかごめちゃんがものすごく引き攣った顔をする。さっきから気になってたんだけど、茂みの向こうからちょこちょこ私たちを覗いてきているのだ。
そろそろお開きにする? と持ちかけようとしたその寸前で、突如かごめちゃんが勢いよく立ち上がる。驚く私をよそにかごめちゃんは「ちょっと待ってて」と言い残すと、そのまま犬夜叉くんの元へずんずんずんずん歩いていってしまった。
なにやらすごい怒鳴りつけてるみたいだけど、犬夜叉くんも怯みながら反論しているようだ。すごく痴話喧嘩に見えるこれは、日常茶飯事なんだろうか…。と思っていれば、おすわり、みたいな声が聞こえてきて犬夜叉くんの体が茂みの中に沈んだ。
なにがなんだかさっぱりついていけない…。私が首を傾げて待っていると、かごめちゃんは大きなため息をつきながら戻ってきた。
「ごめんね。あいつ、せっかちだから」
「待ちきれなかったんだね…そろそろ解散する?」
「ううん、いいの! あいつには言い聞かせてきたからっ」
笑顔でそう言いながら隣に座り直すかごめちゃんに若干の苦笑いをこぼした。だって、なにをしたのかは分からないけど…どう見てもあれは言い聞かせたというより実力行使だった。
なんとまあ、かごめちゃんは頼もしい。
きっと普段から犬夜叉くんと対等に接しているんだろうな。そう思ってしまうと、さっきの痴話喧嘩のようなやり取りを日頃からしているだろう姿が簡単に想像できて、二人の関係の良さがすごく伝わってくる気がした。
「ふふ、かごめちゃんみたいないい子を彼女にするなんて、犬夜叉くんは幸せ者だね」
「な゙っ。なに言ってんのよ
志紀ちゃん! 犬夜叉が彼氏だなんて…」
「え? 違うの?」
さっきの様子からてっきりそうだと思って言えば、かごめちゃんは顔を真っ赤にして慌て始める。でも結局「違うことも…ないけど…」となんとも濁した言い方で返された。なんだなんだ照れ隠しか。可愛いなあもう。
私がにんまりと気持ちの悪い笑みを浮かべていれば、かごめちゃんにもうっ、と声を上げられた。
「いいのよ、あたしのことなんてっ。それより
志紀ちゃんこそどうなのよ!」
「…どうなの、とは?」
じっ、と見つめながら問われた言葉に思いっきり首を傾げてしまう。するとかごめちゃんはぐ、と顔を迫らせて、改めて問うてきた。
「だから、殺生丸とはどうなの?」
…はい?
なぜこの流れで殺生丸さまのお名前が出てくるんだろうか。彼とどう、というのはよく分からないし、いまも変わらずお傍に置いてもらえてますよとしか言えない。…かごめちゃんは一体どんな答えを望んでいるんだろう。
どうしても分からなくて首を傾げ続けていれば、そんな私の様子が腑に落ちなかったのかかごめちゃんは一度ため息をこぼして人差し指を立ててきた。
「だーかーらー…殺生丸のこと、好きなの?」
「ぶっふっっ!?」
あまりにも唐突で、これっぽっちも予想しなかった問いかけに思いっきり吹き出してしまう。
「な、なんでそんなこと聞くの!?」
「だって殺生丸のことを話す
志紀ちゃん、すっごく楽しそうなんだもん」
「えっうそっ!?」
自分では全く気が付かなかったことを指摘されて途端に顔が熱くなる。そんな私の反応が面白いのか、かごめちゃんはすごく楽しそうな笑みをにんまりと浮かべて見つめてきた。
くっ…さっきと立場が逆転してしまった…!
「えー、ごほんっ。…あのね、私の場合はそういうのじゃないから」
大きく咳払いをして気を取り直すと言い聞かせるようにはっきりそう言ってやる。
確かに殺生丸さまのことは好きだけど、それは尊敬とかそういう類いだ。きっと。そもそも私なんかが殺生丸さまに好意を寄せたって、殺生丸さまは絶対に振り向いてはくれない。そういうお方だし、なにより身分が違いすぎて申し訳なさすら覚える。
だから違うと言ったのに、かごめちゃんは“私が殺生丸さまを好き”と思い込んでしまったらしく、追討ちのように「照れなくてもいいのよ」とまで言ってくる。
ダメだ。もうこうなった彼女は話を聞いてくれない。誰か私を助けてくれ…!
そんな私の必死の懇願が届いたのか、再度犬夜叉くんが茂みから顔を出してきて「いい加減行くぞかごめ!」と苛立った声を上げた。どうやらとうとう痺れを切らしてしまったらしい。た、助かった~…!
「もー、いいところだったのに…じゃあ
志紀ちゃん。そろそろふて腐れそうだから、もう行くわね」
「うん。ごめんね長く付き合わせちゃって。またね」
そう言って小さく手を振れば、かごめちゃんは颯爽と犬夜叉くんたちの元へ駆けていった。かと思えば、突然その足を止めてこちらに振り返ってくる。
「
志紀ちゃんっ。殺生丸に
志紀ちゃんの想い、ガツンとぶつけてやるのよーっ!」
「だから違うって!!」
とんでもない応援に必死で否定するも、かごめちゃんは聞く耳を持たずして楽しげに行ってしまった。
そんな大声で…もし殺生丸さまに聞こえてたらどうしてくれるんだ。はあ、とついため息をこぼしてしまいながら、私は一人静かに大木へ深く座り直す。
なんだかひどく疲れたような気がする…というのも、かごめちゃんがまるで嵐のようだったからだろう。一人になった途端あまりにも対照的すぎる静けさに包まれて、思わず先ほどまでの騒がしさにくす、と笑ってしまった。
――けれどそれも小さく失せて。私は足元に視線を落としながら、かごめちゃんの言葉を脳裏に何度も反芻させていた。
(…私の想い、か…)
いままで考えたことがなかった。殺生丸さまを好き、だなんて。
だって私じゃ釣り合わない。絶対に恋愛対象になんかなり得ないと思っていたから。
そう思いながらもふと殺生丸さまのことを思い浮かべてみれば、なぜだか胸が熱くなってきて鼓動が早まり始める。どこか息苦しいような、そんな感覚。それを抱くと私は自分の胸をそっと軽く押さえ込んだ。
「まさか…ね」
きっと気のせいだ。
私は自分にそう言い聞かせると、私を呼ぶ主たちの元へ戻るべくこの場をあとにした。
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