麗姿の裏の素顔

「レンっ。見て見て、これ買っちゃった!」 帰宅早々、私がレンに見せつけたものは今日発売のゲームソフトだった。振り返ったレンはそれに少し驚いた顔を見せてくれる。というのも、普段あまりゲームをしない私が、自分自身のために買ってきたということが珍しいからだ。しかも、私が特にやったことのないRPG。 私は普段、レンがゲームしているところを見ているだけだったり、ほのぼのとした平和なゲームくらいしかやっていなかった。だからレンが驚くのは仕方ないのだけど、その顔は段々と小さくも嬉しそうな笑みに変わっていく。 「どうしたの? ハニーがRPGのゲームを買うなんて」 「レンがやってるのを見てたら、私もちょっとやってみたくなっちゃって…」 言いながら少し照れくさく思えて、小さく笑った。レンは私のその様子に優しく笑んで、自分が座っているソファの隣をぽんぽんと叩く。「おいで」なんて言いながら。言われるがままに歩み寄ってそこへ座れば、レンは私の手の中のパッケージを覗き込んでくる。 「これ、この前アイミーと話してたやつだ。オープンワールドで自由度が高いゲームだよ」 「な、なるほど…? 私にもできそう?」 「できそう? って、ハニーがやるために買ってきたんだろう?」 「そ、そうだけど…」 やったことがないタイプのゲームだし、いきなり慣れない単語が飛び出してついつい上手くできるか不安になってしまう。オープンワールドってなに? 自由度が高いってことは、この前レンがやってたゲームみたいな感じなのかな…。 私自身、手の中のパッケージをまじまじと見つめながら考える。でも考えたってなにも始まるわけがなく、む…と唇を結んだ私は縋るようにレンへ振り返った。 「う、上手くできる自信がないから…先にレンがやって」 「ハニー…それじゃ結局いつもと変わらないよ」 私の言葉にレンは困ったような笑顔を浮かべて、ごもっともな言葉を向けてくる。私がそれにむむむ、と顔をしかめてパッケージと睨めっこをしてしまうと、不意にレンが私の手からパッケージをひょいと取り上げてしまった。 「ほら、オレが手伝ってあげるから、最初から自分でやってみよう」 言いながらレンはディスクを入れ替えて、置いていたコントローラを私に握らせる。私は初めてやるタイプのゲームに緊張してしまうけど、レンはお構いなくテレビを点けてゲーム画面に切り替えていた。 気になっていたゲームらしいから、レンも早く見たいのかも。彼の横顔にそんなことを思ってしまいながら、私もオープニングムービーが始まった画面を見つめる。 いつもレンの隣で見ていて思っていたけど、最近のゲームって本当に綺麗。映画みたい。ついつい見入ってしまっていると、不意に画面が暗転してプレイ画面に変わった。早速なにをすべきなんだろう…と思いかけた時、タイミングよくレンが画面の右上を指差した。 「そこに目的が書いてるよ。まずは動きに慣れるためにも、それを目指しながら好きに操作してごらん?」 「う、うん」 両手で握りしめたコントローラのボタンを試しに押してみる。○ボタンが通常攻撃、×ボタンが転がる、△ボタンがアクション、□ボタンがコマンド…といった感じらしい。今まで戦うゲームをしたことがないから全然しっくりこないけど、レン曰く「慣れてきて、ゲームも進んだら色々できるようになるよ」とのこと。 ちゃんと慣れるかなぁ…なんて心配になりながら、広い世界を走り回っていたら目的の場所に辿り着くことができた。そこで出会った人と会話をして――いたのだけど、突然敵モンスターが現れて画面が切り替わった。 「えっ、いきなり戦うの…!?」 「みたいだね。大丈夫、最初の敵は大体強くないから、通常攻撃を続ければ倒せるよ」 テンパる私を横目に小さく笑いながらレンがアドバイスをくれる。レンはゲームに慣れてるだろうけど、私はこんな最初の敵にも必死だ。ただひたすらに突っ込んでは○ボタンを連打してしまう。 「ほ、本当にこれで倒せる…!?」 「心配しなくても大丈夫だよ。ほら、相手のHPゲージが減ってる」 そう言ってレンが指差した場所には相手のHPゲージがあって、確かに少しずつ減っている。なるほど、これでいいんだ…! でも、私のHPも削られちゃってる!! 「ハニー、×ボタンで回避ができるからやってごらん。そこで押して、そう、それで背後に回り込むんだ」 「こ、こんな感じっ?」 「うん、いい感じ! さすがハニー」 楽しそうに弾んだ声でぽんぽんと頭を撫でてくれる。レンの言う通りにしたら上手くできて楽しくなってきたけど、それは私だけじゃないのかもしれない。どこか嬉しそうな彼の様子に頬が緩んでしまいながら、私はなんとか敵モンスターを倒すことができた。思わずはぁー…と感嘆のため息がこぼれる。 「本当に私でも倒せた…」 「大丈夫って言ったろう? ハニーは身構えすぎなのさ」 「だって…今までこういうゲームしたことなかったから…」 くすくすと笑うレンに小さく唇を尖らせる。初めてやるタイプのゲームで無事に敵を倒せたんだから、からかうんじゃなくて褒めてほしい。って言っても、倒したのは一番最初のそれほど強くない敵だけど…。 なんて思いながらも、イベントムービーが流れる画面を横目にする私は確かにわくわくと胸が躍るような感覚を覚えていた。 「やってみると思ってたより楽しいね。新しい扉が開けたみたい」 「それはよかった。いつもと違うゲームに興味が沸いたなら、今度オレとアイミーがやってるゲームもやってみるといいよ。きっと#name#なら楽しめるはずだからね」 「ラブリルファンタジーだっけ? あれ少し気になってたからやってみたい。…けど、その前にこれをクリアしなきゃっ」 言いながら意気込むようにコントローラを握り直して画面に向き直る私に、レンは「そうだね」と笑顔で返してくれる。同じく画面へ向き直るかと思っていたのだけど、彼はどうしてか、私をじっと見つめていて。ふと、改めて小さく笑みを浮かべた気がした。 なんだろう、ついそれが気になった私は振り返ろうとしたのだけど、レンがそれよりも先に私の方へもたれ掛かるよう、ゆったりと体を傾けてくる。心地よい重さと、鮮やかなオレンジ色の髪が、私の肩に流れ込む。 「レン? どうしたの?」 「…ハニーがオレの好きなものに興味を持ってくれて、すごく嬉しいなと思ってさ。好きな人と好きなものの話で盛り上がれるなんて、願ったり叶ったりだからね」 さっきまでゲームで盛り上がっていた時とは違う、ゆったりとした心地よい声で優しく言葉を紡がれる。そんなレンの口元には、まるで幸せを現しているかのような小さな微笑み。それを目の当たりにしては、私もつられるように表情が緩んで。そっと重ねるように、レンの方へ首を傾けた。 「私も…新しい分野に触れられて楽しいし、なにより、レンと同じものを好きになれて嬉しい。こうしてもっと、同じもので話ができるようになりたいな」 「嬉しいこと言ってくれるね、ハニーは。オレももっと同じ気持ちを知ってほしいと思うよ。…だけど、」 不意に、レンの腕が腰に回される。ぎゅ、と抱き寄せられては、持っていたコントローラーを取り上げられた。 「ハニーがゲームに夢中になりすぎちゃうのは、ちょっと寂しいな」 そう言いながら、顔が近付く。真っ直ぐ、すぐ傍から覗き込んでくる瞳が小さく揺れる。距離をなくそうとする唇に気付いた私は無意識に目を瞑って、柔らかく重ねられる感触に小さく胸を鳴らした。 すぐに、静かにレンの顔が離れるのと同時に目を開ければ、目の前の彼の顔に切なげな色が浮かんでいるのが見えた。 「…もしかして、オレがゲームしてる間…#name#もこんな思いをしてた?」 「えっと、そんなことも…なかったかな。私、見てるの好きだったから…」 レンの問いかけにそう返すと、彼は少しだけ驚いたような顔をした。と思えばすぐに小さく笑って、困ったように眉を下げてみせる。大きな手が、私の頭を頂から髪の先まで、優しく撫で下ろす。 「はは…これじゃ、オレの方が余裕がないみたいだ。ごめんね」 「ううん、レンは悪くないよ。いつもすぐにゲームを切り上げて、私の相手をしてくれてたし…」 だから、寂しくなかったんだと思う。小さく返しながら、レンの手を握る。するとレンはその手に視線を落として、きゅ、と手を握り返してきた。大切に、硝子でも扱うかのように優しく、手を包み込んでくれる。 「それはハニーに寂しい思いをさせたくなかったからでもあるんだけど…ハニーに触れてないと、オレが寂しくなっちゃうんだ…。だからすぐ、ハニーに触れ合っていたんだよ。オレにはハニーがいなくちゃ、駄目だからね」 そう言ってレンは私の手を持ち上げて、甲にちゅ、とキスを落とした。上げられた顔が、瞳が、真っ直ぐ私を見つめる。それはやがて、また距離を詰めてきて。彼の柔らかい唇が、幾度も宛がわれた。 覆い被さるように抱きしめてくるレンに押されて、私の体はゆっくりと傾けられる。同時に傍のリモコンを手に取ったレンは、ゲームの電源を落とす間もなくテレビを消す。そうしてリモコンが机に戻された頃、二人分の体重を受けて大きく沈み込んだソファは、ほんの小さく軋んでいた。 back