幸せな日々を、これからも

「ピヨちゃんたち、いっぱい取れましたね~」 元よりほんわかした雰囲気をさらに和やかにさせながら那月が言う。そんな彼の腕には、たくさんのピヨちゃんが詰め込まれたゲームセンターのビニール袋が抱きしめられていた。 今日はピヨちゃんの新しいプライズグッズの入荷日。以前からその情報をチェックしていた私たちは意気込んでゲームセンターに乗り込み、こうして全ての新ピヨちゃんグッズを揃えてみせたのだ。おかげで那月の機嫌は最高潮。ずっとにこにこと微笑みながら足取りも軽やかに帰路を辿っている。 「#name#ちゃんがUFOキャッチャー得意でよかったです。僕一人じゃ絶対に揃えられませんでしたから」 「私も得意ってほどではないんだけどね。おかげでずいぶん使っちゃったし…」 はは…と小さく笑いながら使い込んだ金額を思い返そうとする思考を止めた。やめようやめよう、こういうことは考えちゃいけない。結果良ければすべて良しなんだから。自分に言い聞かせるようにそう考えながら、私たちは家に着くなり今まで集めたピヨちゃんたちを並べている場所へ向かった。そこにはぬいぐるみを中心にポーチや小物、色んなピヨちゃんたちが飾ってある。那月はそこに「ただいま、ピヨちゃん」と笑顔で声を掛けながら抱えていた袋を降ろした。 「今日は新しいお友達を連れてきましたよ~。麦わら帽子を被ったピヨちゃんと、うきわを持ったピヨちゃん。それから…」 ガサガサと音を立てながら那月がピヨちゃんたちを取り出していく。それはこのシーズンに合わせた装いのピヨちゃんのぬいぐるみたちだ。まずはぬいぐるみから飾るのかなと思って私も手を伸ばそうとした時、不意に那月の手がぴたりと止められてしまった。 どうしたんだろう。そう思って覗き込んでみると、那月は新しいピヨちゃんと飾っていたピヨちゃんを交互に見比べているみたいだった。 「…那月? ピヨちゃん、なにかあった?」 「いえ…少し気になって」 そう言うと那月は新しいピヨちゃんを傍に置いて、飾っていたピヨちゃんを手に取った。やっぱりなんとなく、見比べている様子。なにが気になったんだろうと思って問いかけようとすると、那月は自分からこちらへ振り返ってきて、持っていたピヨちゃんを私に差し出してきた。 「#name#ちゃん。飾っていたピヨちゃんたちをお風呂に入れてあげてもいいですか?」 「え? お風呂?」 「はい。いつもここに飾っていたりぎゅ~ってしているからか…少し、くすんじゃっているような気がするんです」 ほんの少しばかり眉を下げて言う那月からピヨちゃんを受け取る。言われてみれば確かに少しくすんでいるようだ。たまに払ってあげたりはしているけど、飾っている以上埃は被っちゃうし、那月の言う通りぎゅーっとすることも多くてどうしても汚れてしまう。仕方がないことなんだけど、大好きなピヨちゃんが汚れていくのはやっぱり悲しいみたいで、那月は私の手の中のピヨちゃんを不安げな顔で見つめていた。 そうだよね。私だって、大好きなものにはずっと綺麗な姿でいてほしいもん。そう思った私は携帯を取り出して、この先数日の天気予報を確認した。 「…うん。このところ天気もいいみたい。これならきっとすぐ乾くだろうし、みんな洗ってあげよっか。私も手伝うよ」 「わぁ、ありがとう#name#ちゃん! それじゃ僕、先にお風呂の用意をしてきますねっ」 ぱあっと笑顔を華やがせた那月がすぐにお風呂へ駆けていく。私はその姿にくすりと笑んでしまいながら、飾っていたピヨちゃんたちを少しずつ抱えてお風呂場へ連れて行った。 結局ピヨちゃんだけに留まらず今まで飾っていた動物のぬいぐるみなんかも追加されて、お風呂場にはぬいぐるみの大渋滞が起こっていた。その光景に楽しそうな笑顔を見せる那月は浴槽に洗剤入りのお湯を溜めて、そこに一つずつぬいぐるみを浸けていく。私もその隣に並んでは同じようにピヨちゃんをお湯に浸けて、わしわしと撫でるように洗った。 こうして見ると、なんだかピヨちゃんたちが本当にお風呂に入ってるみたい。可愛いなぁ。なんて考えながら小さく泡立つピヨちゃんを見つめていると、不意に「#name#ちゃん、」と声が掛けられた。隣を見れば同じくぬいぐるみを撫でるように洗う那月の姿。その瞳は優しくぬいぐるみへ向けられている。 「もしかしたら、こんな感じなんでしょうか」 「ん? なにが?」 「僕たちに、子供ができたら」 にこ、と微笑む顔が私へ向けられる。その表情はいつになく柔らかくて、温かくて。その言葉の分かりやすさとは裏腹に中々理解ができなかった私は、ようやくその言葉の意味を把握するなり顔を熱くして。「え、あ…えと…」と言葉にならない声を小さく漏らすばかりで、つい逃げるように目を逸らしてしまった。 「ふふ、#name#ちゃんお顔が真っ赤です」 「そ、そりゃそうだよ…! な、那月こそ、自分が言ってること分かってる…!?」 「はい。僕はいつだって、#name#ちゃんとの未来を想っていますから」 私の返しにも那月は微笑みを浮かべたまま、優しい声色でそう言う。小さく傾けられた首が、彼の柔らかな金色の髪を揺らす。眼鏡の向こうで幸せそうに細められた目を、私はただ声も出せないままに見つめることしかできなかった。 「#name#ちゃんといつまでも一緒にいて、大好きなものに囲まれて、幸せな日々を送りたい。そこに子供ができたら、もっと楽しくて温かい日々になるのかな。お父さんになった僕は、お母さんになった#name#ちゃんはどんな姿なんだろう……僕は、いつもそんなことを想ってます。#name#ちゃんが大好きだから…癖みたいに、つい考えてしまうんです」 ぬいぐるみの頬を撫でながら、温かい声がそっと旋律のように紡がれていく。とても緊張するようなことを言われているはずなのに、小さく立てられる水音や彼の優しい声、緩やかに広がる波紋が不思議と私の心を落ち着けていた。 私の視線の先で、浮かんだ小さな泡が揺れる。同じくそれを見ていた那月は、やがて緑を含んだ金の瞳を私へと向け直した。 「#name#ちゃんは? 僕との未来…考えたことはある?」 私の目を釘付けるように、その瞳が私を見つめて離さない。逸らすこともできず、ただ見つめ返すことしかできなかった私はまた頬にほんのりと熱が昇っていくのを感じながら、それでも小さく、「…あるよ」と返していた。 「私も、ある。那月とこのまま結婚したら、どんな日々が待ってるんだろうって…那月と家族になって、家族が増えて…すごく賑やかなおうちになるのかなって、色々考えてた」 少し照れくささを覚えながら、それでも口にした言葉。那月はそれにふふ、と小さく微笑んで、 「#name#ちゃんも僕も、考えることは同じですね」 なんて言って、一層柔らかく目を細めた。その姿は本当に幸せそうで、見ているこっちまで自然と笑みを浮かべてしまうような優しい笑顔をしている。だけど私にはやっぱり少しの恥ずかしさが残っていて。逸らした瞳を手元のピヨちゃんに落とし、気を紛らわすようにその体を撫でやった。同時に那月は持っていたぬいぐるみを上げて、握るように水を絞る。するとその手は緩やかになって、もう一度私を見た那月は楽しそうな笑顔を浮かべて言った。 「そうしたら、もっと大きなお家を探さなきゃ。#name#ちゃん、ピヨちゃんたちのお風呂が終わったら一緒に新しいお家を見ましょうね」 「もう…那月ってば、気が早いよ」 那月の提案に思わずくすりと笑みがこぼれる。いつしか気恥ずかしさも忘れて、私たちはぬいぐるみに囲まれたままふわふわとした夢心地のような空間で笑い合っていた。 back