2017.09.11

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殺生丸が怪我をした。果たしてそれは“怪我”などという軽い言葉で締めてもいいものかというほどの。 それを負わせたのは弟である犬夜叉だ。お父さんの形見であると言う鉄砕牙の力の解放に成功した犬夜叉は勢い留まることなく殺生丸の腕を斬り落としてしまった。 殺生丸はその勢いのままお父さんの骸から投げ出されて、私は咄嗟にその体に手を伸ばして一緒に身を投げ出していた。 「…ごめん」 化け犬の姿のまま横たわる殺生丸の首元をそっと撫でるように触れながら謝れば、ほんの一瞬だけ赤い瞳がこちらを向いた。けれどそれもすぐに逸らされて、音もなく瞼を沈めてしまう。 すると殺生丸の体が大気を震わせるようにざわつきを見せると、まるで縮んでしまうかのようにその身を元の人の姿へと戻した。 「なぜ貴様が謝る…」 不機嫌そうな声音で発せられた言葉はしかと私に向けられていた。 そんなもの、決まっている。殺生丸の腕を落としたのは私を守ろうとした犬夜叉だ。私の仲間だ。けれど殺生丸を憎む理由もない私は、ここまでの傷を負わせてしまったことにひどく胸を痛ませていた。 それをそのままに告げれば、殺生丸はくだらないと言うように顔を背けて木にもたれ掛かる。その肩からは今も鮮やかな血が溢れていた。 「ごめん」 もう一度小さく謝ったのはこれから体に触れることへのものだ。 着物越しでもできなくはないはずだと信じて傷口を包むように触れれば、殺生丸の表情がほんのわずかに引きつった気がした。けれど私はそれを止めることなく、しっかりと手を触れさせると小さく息を吐き出して意識を集中させる。そうすれば次第に手のひらがほんのりとした淡い光を帯び始め、それが殺生丸の傷口にも伝わった。 「……」 その様子をただ言葉もなく見届ける殺生丸の視線を浴びながら、私は力が抜けて行くような感覚を体中に広げていた。治癒の力を使うことへの代償だ。傷を癒すと言う万能な力はやはり対価を必要としていて、それを使う私自身の体力をじわじわと持って行ってしまう。 次第に頭がぼうっとして視界が霞み始めるものの、私はその力を止めようとはしなかった。 せめてもの償いだと、勝手に考えてしまったから。腕を再生することはできないけれど、その傷口を塞ぐことくらいはできるはずだから。 そうして無我夢中で治癒能力に集中していれば、苦しさのあまり表情が小さく歪んだ。その瞬間突如私の手がグッと掴み込まれ、その腕の方へ強く引き寄せられる。体力が底を尽きかけた私の体は呆気なく傾き、殺生丸の体の上へと力なく倒れ込んでしまった。 「なにす…」 「たわけが。力を使いすぎだ」 厳しく降らされた声にほんの少し身が縮こまる。けれどすぐにへらっと笑っては掴まれたままの手をひらひらと上下した。 「私は、大丈夫だから…それより…殺生丸の傷を、治さないと…」 そう言いながら体を起こそうとするも、全然動くことができない。体力を使い切ってしまったことはもちろん、殺生丸がいつまでも私の手を離そうとしてくれないからだ。離さないどころか、グ…とわずかに力が籠ってさえいる。 それでもなんとかしてそれを抜け出そうと身をよじれば不意に、それで償いのつもりか、と小さくも鮮明な声が発せられた。思わずビク、とかすかに肩を震わせると、まるで叱られた子のように恐る恐る視線を持ち上げて相手の瞳を盗み見る。 それは数日を共にした彼のものと同じ色をしていて、私の姿を薄っすらと映し込んでいた。それが一度深く伏せられると、伴うように唇が薄く開いていく。 「貴様がくたばれば、誰が私の傷を癒すというのだ」 そう告げられると同時に私を解放した殺生丸の手が額に乗せられた。髪に触れる指先をくしゃりと握るようにすれば、まるで私の髪を梳くようにスルリと抜けていく。 頭を撫でているつもりなんだろうか。そうだとすれば、なんて不器用。 私の先祖かも知れないあの人も、きっと苦労したんだろうな。なんて思いが浮かべば、自然と笑みがこぼれて余計に力が入らなくなってしまった。

- - - - - - という、あったかもしれないお話。 これから彼女は償いと称して一緒に歩みます。一緒にあの人のことを調べます。 あの人がどうしても重なってしまう殺生丸だけど、彼女はそれを必死に否定しながら頑張って行くのではないでしょうか。 大変だなぁヒロイン (他人事) そして書いてから気付いたんですが、この時はまだヒロインが自分に治癒できるほどの力があるということに気付いてませんでした。すっかり忘れてた。 ifなのでいいということにしましょう (大の字) 2017.09.11:memoにて掲載。

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