××号室の日常

「ほら、嶺二起きて。起ーきーろー」 「んん~…もう少しだけ…」 寝ぼけながらベッドの中でむにゃむにゃ抵抗してくる目の前の男性はなにを隠そうテレビや雑誌で大活躍中のアイドル、寿嶺二だ。と言っても、自宅の嶺二は完全にオフモード。本人曰く私相手だと甘えてしまうから、中々起きられないんだとか。…そんな相手になんで目覚まし係をさせるかな。 「今日は午後から雑誌の撮影でしょ?起こしてって言ったの嶺二なんだから、さっさと起きて」 「うぅ…名前ちゃん厳しい…」 「あんたが甘い」 びしっと言ってやってるけれどまだ布団の中でもぞもぞして起きる気配なし。というわけで思いっきり布団を剥いでやった。 「はい布団は没収。早くしないと私が遅刻するでしょ」 「…そうだねぇ…」 ものすごく間延びした声でぼそぼそ呟くと、ようやくその重い体を起こしてくれた。フワフワした髪には寝癖、ぱっちりしたタレ目は寝ぼけ眼。おまけに大あくびをこぼしてから「おはよう」の声を向けられた。 「おはよう。じゃあ私は朝ごはん作ってくるね」 「うん、お願い」 ひらひらと手を振ってくれる嶺二を背にキッチンへ向かう。引っかけていたエプロンを着けてまずは冷蔵庫。昨日の晩御飯の残りと目玉焼きでいいかな?なんて考えながら冷蔵庫を漁り出した。 「あっそうだ。嶺二ー、今日はお弁当なくていいんだよねー?」 洗面所へ向かって問いかければ「いいよー」の声が返ってくる。それに続いてようやくスッキリ目覚めたらしい嶺二がリビングへ入ってきた。 かと思えばそのまま私の元へやって来て、緩い笑顔のまま私をまじまじと見つめてくる。 「……なに?」 「んー?今日も可愛いなって」 「また言ってるし…」 「だって本当のことでしょ?」 そう言いながら嶺二はなにやら嬉しそうに私へ歩み寄ってくる。それでも私は背を向けて「そんなわけないから」と素っ気なく言い返した。 嶺二はいつもこう。ふとした時に私を見つめて可愛いだのと褒めてくる。これは同棲を始める前からそうなんだけど、やっぱり私は素直にその言葉を受け止められないでいる。 「ほら、ご飯作るのに邪魔だからあっち行って」 「え~名前ちゃん冷たーい。だけどれいちゃんは“いつもの”してくれるまで離れませーん」 「う……」 “いつもの”という単語に頬が熱くなる。ちらりと嶺二の顔色を窺ってみるけれど言葉通りそれをやるまでキッチンで付き纏うつもりらしい。 「ほら名前ちゃん、おいで?」 終いには少し首を傾げながら両手を広げて私を誘う。 ああ、アイドルだ…めちゃくちゃ眩しく煌めくアイドルだ。そんなことは私じゃなくてカメラに向かってすべきでしょうに。 「…………」 頬の熱に気付かないフリをして視線を彷徨わせる。ほらほら、なんて言いながら私を求める嶺二がなによりも眩しく見えて目を瞑ってしまいたくなる。なんでこんなに眩しい笑顔で私を見るの…もう…… ――ぼすっ 観念した、というよりも完全に負けた私は嶺二の胸に顔面から突っ込んでやった。するとすぐに腕を回されてぎゅーっと抱きしめられる。 「名前ちゃん、可愛い」 なんて耳元で囁いてくる声がまた明るくて嬉しそうで、より一層私が恥ずかしくなって仕方がない。腕、回して。そう指示されては眩暈がしそうなほどかっと熱が昇って、意識を保つように握りしめた手をゆっくりと嶺二の背中へ伸ばした。 恥ずかしい…これほど異性と密着するなんて嶺二が初めて。なのに彼は毎日躊躇いなく私を抱きしめてくる。心の準備なんてあったもんじゃない。 「…よしっ、名前ちゃんパワーチャージ完了~☆これで今日もお仕事頑張れマッチョッチョ!」 ぱっと私を放した嶺二は可愛らしいガッツポーズでウインクまでかましてくる。対する私は「私パワーってなによ」とジト目を向けながら赤い顔を隠すように背を向けた。 「名前ちゃんパワーは名前ちゃんパワーだよ。れいちゃんの元気の源!これがないとお仕事頑張れなーい」 「うそつけ…って、チャージ完了したなら抱きつくなっ」 せっかく離れたのに嶺二は私の肩に顎を乗せて腰に両腕を回してくる。いつもこう。隙あらば私を絡め取ろうとするんだから… ――でも…同棲を始めて毎日のようにこんなことをしているけれど、私たちは恋人同士だとかそんな特別な関係ではない。あくまで“アイドルの嶺二”と“一般人の私”。 出会いは数ヶ月前。たまたま私の学校でドラマの撮影があった時、忘れ物を取りに忍び込んだところで出会ってしまったのだ。 だけどメディア関係に疎い私は彼が有名なアイドルだなんて全然知らなくて。やたらと話しかけてくる彼を警備員かなにかだと思いつつ、適当に相手をしている内になぜか気に入られて勝手にメアド交換されて…密会、というべきか、たまに家に誘われてご飯を食べたり話をしたり、他愛のないことをしている内に半同棲、それから気付けば本格的に同棲を始めていた。 当然あの早乙女学園の学園長でありシャイニング事務所の社長、シャイニング早乙女さんにはとっくにバレている。バレないわけがなかった。 そもそも嶺二が隠す気もなかったみたいだけど。 あの人は“恋愛禁止”を絶対のルールとして掲げている分、呼び出された時にはこの世から抹消されるのかと思った。けれど嶺二はともかく、ずっと友達として接している私から嶺二へ“そういう思い”がないと分かるや否や、まるで手のひらを返すように呆気なくOKされてしまった。 恋をするのはいい。だから今の関係のままなら問題はないとのこと。 だけどもし私にそういう思いが芽生えた場合、それが発覚した時点で一切の接触を禁じられる。 強く釘を打つようにそんな条件を出され、私たちは今の生活を送っているわけなのだけど… 「名前ちゃん、大好きだよ」 この26歳、それを分かっているのかいないのか平然と愛の告白をしてくるのだ。生憎人を好きになったことがない私は「はいはい」と流しているからいいのだけど、どうも彼は私をその気にさせようとしている気がする。 「嶺二はなんでそんなに私を気に入ってくれてるの?現役女子高生に魅力があった?」 いつまで経ってもこの理由だけが分からなくて直球で聞いてみれば、慌てた様子で顔を上げた嶺二から「ちょ、ちょっと!」と抗議の声が上がった。 「その言い方じゃぼくちんが変態みたいじゃないっ」 「え?違うの?」 「違うでしょ!?それにその理論だと、変態と同居してる名前ちゃんも立派な変態だからね!」 「私は軟禁されてる被害者です」 「わーん裏切り者~!」 オーバーに体をくねくねさせた嶺二が私の肩にがっくりうな垂れてくる。抱きつかれたままそんなに動かれると酔いそうになるからやめて…あと肩が重い。 …というか、そろそろ本当にご飯作り始めないと遅刻しちゃうよ。 「嶺二、いい加減――」 「ぼくがなんで名前ちゃんに執着するか、そんなに知りたい?」 「…え…」 不意に声のトーンを落として投げかけられた問い。それはいつものおちゃらけたものじゃない、歳相応の…大人らしい、真面目な声色だった。 引き離そうと伸ばした手を思わず止めてしまった私は、窺うことのできない彼の表情を想像することしかできなくて。ただ呆然と、立ち尽くすように次の言葉を待っていた。 「れい、じ…?」 なんで、黙り込むの。 一向に喋り出そうともしない様子が気になって振り返ろうとするも、彼は相変わらず私の肩に頭を乗せていてそちらを向くことができない。 なにを考えているのか。私に執着する理由はなんなのか。それらが全部気になって落ち着かなくて、もう一度引き離すべく嶺二の腕を掴もうとした時だった。突然体の向きをぐるりと180°変えられて、真剣な表情をした嶺二が私を真正面から見つめてくる。 「なーんてね!名前ちゃん、ドキドキしたっ?」 「………………は?」 ぱっと花が咲くように明るくなる表情。いつもの無邪気な声。今までの真剣なそれが全て演技だったとバラされた途端、私の眉間には自分でも分かるくらいの深いしわが刻み込まれていた。 「ぼくちんが名前ちゃんに惹かれた理由はまだナーイショ♪…って名前ちゃん怖い怖い!すごい顔してるよ!?」 「誰のせいだと思ってんの…ほらもうご飯するからあっち行って!」 時計を見ればもう7時すぎ。このままだと遅刻すると思った私は嶺二の体をグイグイ押しやってキッチンから追い出した。けれでも対面式になっているせいですぐに向かいに顔を出してくる。 どんだけ構いたいんだ…なんてことを思いながら、私は出していた食材へさっさと手を着けていった。 「バカ嶺二のせいで遅れたから車出させてやる」 「いいよ~。どこか遠くに誘拐しちゃうかもしれないけど」 「そうなった時は真っ先に通報する」 「もー、名前ちゃん容赦な~い!」 オーバーなリアクションで悲しむ嶺二に白い目を向けてやる。けれど、どうしてもクスっと笑みがこぼれて。 呆れる私は温めた料理を手渡して、ひとつひとつテーブルに並べさせていた。 - - - - - - 南さまよりリクエスト『嶺二と同棲』でした! 以前から私がmemoでたまーに言っていたやつです。 そもそも設定も固まり切っているわけでなく、連載単位で考えていたものなのでどうやって短編に落とし込むか悩んだのですが、なんとなく伝わりましたでしょうか? 本当は嶺二は寝起きに強いタイプですが、ヒロインの前だとつい甘えて余分に寝ちゃってると可愛いなぁとか思ってます。 あと嶺二とヒロインの出会いから同棲に至るまで本当は色々あるのですが、今回は同棲のお話なので簡潔に書いて全部すっ飛ばしました。 もしかしたらその内私の中で設定等が固まって、本当に連載を始めてしまうかもしれませんが、その時はこのお話を読み切り版だと思っていただければ幸いです(笑)