混ざり合う温度

空っ風の吹く冬が終わりに近付いている頃、四魂のかけらを探す旅を続けるおれたちは今日も野山を進んでいた。だいぶ寒さも和らいできたかと思ったが、今日はどうやら冷え込んでいるらしい。吐く息が白くなる様子と、寒がりだという#name#がずいぶん縮こまっている姿にそれを実感させられる。 半妖だから感覚が違うのかおれはそんなに寒いと思わねえが、#name#にとっては結構酷なようだ。かごめに“まふらー”? とやらを借りたうえにかごめに抱き着いて「寒い、もう無理…」と嘆いている。 かと思えば#name#の泣き言の矛先がおれに向いて「ねえ犬夜叉、」と呼び掛けられた。 「そろそろ休憩しよう? 手も足もかじかんで痛いし、お腹もすいてきたし…」 「大袈裟な奴だな。まだ歩けるだろ」 「むりだよー…そろそろ凍え死ぬ…」 おれが言い返してやれば#name#は自分の体を抱くように摩りながら青い顔をしてみせる。確かに腹はそろそろ空き始めてきたような感覚はあるが、凍え死ぬというほど寒くもないしもう少し歩いてもいいはずだ。第一、いま休憩するにしてもこんな吹き曝しの開けた場所じゃ腹は満たせても温まることはできないだろう。 せめていい場所が見つかるまでは歩け、と伝えるべく振り返ってみれば、#name#より後ろでなにやらかごめと弥勒と珊瑚と七宝の四人が顔を突き合わせているのが見えた。こっちには聞こえないくらい小さな声でこそこそと話し合っているらしく、こっちをちらちら窺いながら頷き合っている。 一体なんなんだ。眉根を寄せて四人を見やれば、顔をこっちへ向け直した弥勒がおれに近付きながら言いだした。 「いいじゃないですか犬夜叉。私たちも体が冷えてきましたし、ここらで一度腹ごしらえをして温まりましょう」 「そうよ。女の子は体冷やしちゃいけないって言うんだから」 弥勒だけでなく、#name#の両肩に手を置くかごめまで援護するように言う。その様子に#name#は「二人とも~っ」と感激の表情を見せて、すぐにおれへ視線を戻してきた。“私が優勢だぞ”とでも言わんばかりの視線を。 鼻高々になる#name#に目を据わらせながら「けっ」と吐き捨ててやったおれは、その視線を振り払うように腕を組んで背を向けた。 「ったく、しょうがねーな。どっか風が凌げる場所を見つけてからだからな」 「やったー! ありがと犬夜叉っ」 仕方なく了承してやれば#name#は飛び跳ねるようにして喜び始める。 やっぱこいつ元気じゃねーか。寒さなんて気にしてねーだろ…。なんて思ってしまいながら呆れていれば、それを見ていた弥勒が錫杖を持ち上げてなにやら丑の方角を差しながらそっちに体を傾けた。 「それでは私は七宝とともに向こうを捜してきます。#name#さまと犬夜叉は枝などを集めておいてもらえますか?」 「え? 二人で行くの?」 「全員で行きゃいいだろ」 突然役割を決めつけるような提案をしながら勝手に足を進めんとする弥勒に#name#とおれは口を挟む。別に分かれる必要なんてないはずだというのに、弥勒は一体なにを考えているのか。そう思って引き留めたのだが、さらには珊瑚まで体の向きを変えながらおれに振り返った。 「辺りはかなり開けてるし、分かれて捜した方が早く見つかるだろ?」 「あたしと珊瑚ちゃんはあっちを捜すから、二人とも枝集めお願いね」 当然のように珊瑚と足並みを揃えるかごめまでもがおれたちに役割を押し付けて背を向けてしまう。四人はそのままおれたちの言葉を聞くこともなく、それぞれが別の方角へ散っていくように後ろ姿を小さくしていった。 揃いも揃って突然なんなんだ。それっぽい理由をつけちゃいるが、正直納得できるかと言われると微妙なところだ。あまりにも突然すぎるし、示し合わせていたかのような息の合った連携が逆に不自然だ。 それは#name#も感じたようで、困惑した表情を見せながら確かめるようにおれを見てきた。 「なんか…みんな変だったね。やけにテキパキしてたというか…」 「けっ。なに企んでやがるんだか」 #name#の戸惑うような声に同じ思いを抱えながら、つい吐き捨てるように言う。 なにを考えているのかは知らねえが、さっき顔を突き合わせていた時にこうすることを計画していたのだろう。嫌でも分かるそれにたまらずため息がこぼれると、おれの気持ちを察するように苦笑いした#name#が「とりあえず…」と口火を切った。 「言われたとおり枝とか集めよっか。みんながなに考えてるにせよ、焚き火はするだろうし」 「そうだな。さっさと集めてあいつらのところに行こうぜ」 あいつらがこうして結託する時はだいたいロクでもねえことを考えているに決まってる。なら早く合流してその思惑を阻止するなり問い詰めるなりをした方がいいだろう。そう思って#name#の提案に合意すると、おれたちはそれぞれ緩やかに散らばるように枝を拾い始めた。 そうして地面に視線を巡らせていると、おれのものじゃない足音が静かなこの空間によく聞こえた。乾いた落ち葉を踏んだ音、拾い上げた枝の余分なところを折り取る音、普段なら気にも留めないそんな他愛のない音がやけに鮮明に耳に届いて、ここにはおれたちしかいないのだと無意識に再認識させられるような錯覚があった。 (二人きり、か…) ちら、と#name#の姿を横目に捉えて実感する。 思えば#name#と二人きりになるのは久しぶりかもしれない。気が付けばおれたちには仲間ができて、時々誰かが一時的に離れることはあっても基本はみんな一緒だ。二人きりになることなんて稀で、それも#name#と、というのは本当に久しぶりに思う。 「ねえ犬夜叉。二人きりになるの、久しぶりだね」 不意に投げかけられた#name#の言葉にどき、と肩が跳ね上がりそうになる。おれの心でも読んでんのかと思ってしまうようなその言葉につい顔を上げるが、#name#は変わらず枝を捜すように視線を地面に縫い付けていておれの反応を窺う様子もない。 きっと#name#としてはなんの気ない、本当にただ思いついただけの世間話程度のつもりなんだろう。 それを察したはいいものの、あまりにも的確な話題で不意を突かれたおれは狼狽えて、「べ、別に、そんなことねーだろ」と咄嗟に言い返していた。 すると#name#はちょっと不服そうな「えー?」という声を返してくる。 「久しぶりだよ。最近はずっとみんな一緒に行動してたし…ほら、前に犬夜叉が井戸まで迎えに来てくれたことあったでしょ? あの時だって、二人きりになれるかなーって思ったのに、七宝に邪魔されちゃったじゃん」 変わらず視線を地面に預けたまま、困ったように笑いながら言う#name#。 ――それは十日ほど前のことだ。#name#とかごめがいつものように現代に帰っていて、先に戻ってきたかごめに言われてあとから戻ってくる#name#をおれが井戸まで迎えに行ったことがあった。 思えばその時も二人きりになるのは久しぶりだと思っていたのだが、#name#が現代に帰る前に“戻ってきたら飴をあげる”、と約束していたことで待ちきれなくなった七宝がおれのあとから#name#を迎えに走ってきたのだ。 おかげで#name#は七宝に構うことになって二人きりになれる時間など一切なく。むかついたおれは七宝の頭を思い切り殴ったことを覚えている。 #name#に言われて思い出したが、確かにあの時がおれと#name#が二人きりになれる久しぶりで最後の機会だった。まさかそれを#name#が覚えているとは…――と、そこまで考えて、ようやく頭が思考を止めた。 …ちょっと待て。なんで#name#がおれと“二人きりになれるはずだった機会”なんて覚えてるんだ? 普通はそんなことをいちいち覚えているはずがない。それに、#name#の言葉だってなにかがおかしい。 まるで、おれと二人きりになることを望んでいたかのような… 「な、なあ#name#…お前いま…“二人きりになれるかなって思った”…って、言ったか…?」 「え? なに…え!? え゙っ!? ちっ、違う違う! そんなこと言ってないよっ。気のせい! えっと、ほ、ほらっ、ちょっと言い間違えただけっ。忘れてっ!」 おれが自分の記憶を疑いながら戸惑うままに尋ねてみれば、#name#は自分の発言を振り返る素振りを見せた途端にひどく慌てふためいた。 #name#は否定しているが“二人きりになれるかなって思った”という言葉だけでなく“七宝に邪魔されちゃった”とまで言ってしまっているのを“言い間違い”とするには苦しいものがある。それに背けられた顔が火鼠の衣と同じくらい真っ赤になっていて、それだけでいまの言葉が誤魔化すための嘘であることがはっきりと分かってしまう。 …ということは、#name#もおれと同じ思いを――二人きりになりたいという思いを抱えていたということ… 「ほっほら! 早く枝とか集めよ!」 その事実に気が付いておれまで顔が熱くなり始めた時、咄嗟に仕切り直すような声を上げた#name#がまるでやけくそになったように慌ただしく茂みなんかを掻き分けていく。 気付かされて、こんな落ち着かねえ気持ちのまま二人きりでどう過ごせって言うんだよ…。もやもやするような、そわそわするような、形容しがたい気持ちと感覚に苛まれながら、つい誰に向けるでもない悪態を胸中でつく。 いっそのことさっきの話を深堀りするべきか、気付いていないフリをしてやり過ごすべきか…この妙な空気の中でとるべき最善の手段について頭を悩ませ始めた、その時だった。 「痛っ」 不意に小さく声が聞こえる。一瞬だったが、明らかに“痛い”と言っていた。人間よりよく聞こえる耳で捉えたその声にいままでの悩みが掻き消されたように振り返ったおれは、すぐに#name#の方へ近寄って「大丈夫か?」と声を掛けた。 その瞬間、なぜか#name#は左手をさっ、と背後へ隠すようにして振り返ってくる。 「え、な、なに? どうかした?」 「なにって…おめーいま“痛っ”て言っただろ」 「い、言ってないよ? えーと…あっ、ちょっと躓いただけ! だから平気平気っ」 どういうわけかしらばっくれる#name#を問い詰めれば、ついさっき聞いたような誤魔化しをまたも聞かされる。どう聞いてもいま思いついたような適当な嘘だ。あまりにも分かりやすいそれに呆れかえって半眼を向けては、有無を言わさず隠された左手を取ってお互いの目の前に引っ張り出してやった。 それに驚きながらもバツが悪そうに「あ…」と短く声を漏らす#name#のその手には少し大きめの切り傷が刻まれている。近くに視線をやれば、鋭利な枝が飛び出しているのが見えた。どうやらこれで手を切ったらしい。 「やっぱ怪我してんじゃねえか。なんで隠すんだよ」 「だ、だってこれくらい大したことないし…その……心配、かけたくないし…」 これまで通りの声色で紡がれていた声はあっという間に弱々しく小さくなっていく。痛みがそうさせるのか、それともその言葉のとおりに気負っているのか、みるみるうちにしおらしくなった#name#は目を逸らしたままおれから逃れるように左手を引っ込めた。そして“はんかち”とかいう布きれを取り出して傷口に押し当てる。 だが思ったより深く切ったのか、溢れてくる血は止まることなく“はんかち”を赤く染めていった。 それを見兼ねたおれはもう一度#name#の左手を捕まえて、引っ張り上げるように少し高く持ち上げた。 「わっ」 「上げてろ。血が止まらねー時は傷口を心臓より高くしろって言ってたぞ」 驚く#name#にそう教えてやれば、#name#は呆然と掲げられた傷口を見上げる。その視線が静かに落ち始めると「なんかそれ、テレビとかで聞いたことあるかも」と呟くように向けられた。 「でも、よく犬夜叉が知ってたね…誰かに聞いたの?」 「そりゃー弥勒じゃねーか? …いや、かごめか…?」 「なにそれ、全然覚えてないじゃん。まあ、犬夜叉にはあんまり関係ない話だもんね」 あまり詳しく思い出せずにいれば#name#はそう言ってうろ覚えであることをくすくすと笑う。 #name#の言うとおり、半妖ゆえに傷なんてすぐに治るおれにはどうでもいいことだ。だから細かいことまでちゃんと覚えていなかったのだが、こうして笑われてしまうとわずかでも羞恥心を刺激されて、「けっ」と吐き捨てるように顔を背けてやった。 「……」 「……」 おれが会話を蹴ってしまった、そのせいだろうか、あっという間に沈黙が沈黙を呼んでいやに静かな空間ができあがってしまった。近くに動物もいないようで、かろうじて聞こえるのは風に揺れる木々の葉っぱがこすれ合う音だけ。お互い、口を開くタイミングを失ってしまっている。 その変な沈黙を意識してしまった途端なんだか気まずくなって、思わず閉ざした唇に変な力が入ると同時に、#name#の左手を握る指がわずかに表面を滑った。 普段ならなにも気にしないだろうことなのに、気まずい沈黙の中だとやけにそれが気になって仕方がない。別になんでもないのだが、#name#はなにか思っただろうか。いっそなにか話を切り出して紛らわすか。でもなんて切り出せばいいか、そんな思いに視線が地面を捉えようとしたその時、 「犬夜叉の手…あったかいね」 ぽつり、優しく落とされた声に耳が傾く。その言葉から手元に意識を向けてみれば、確かにおれと#name#の手にはそこそこの温度差があった。冷たい空気に冷やされたのか、#name#の手はかなりひんやりとしている。 「#name#の手はずいぶん冷てえな」 「私、手とか冷えやすいんだ。この時期になるといっつもこんな感じ」 「そうなのか。だからいつも手さすってたんだな」 思い返してみれば寒い時期の#name#はいつも手をこすり合わせている。もちろんかごめや七宝と、#name#以外の奴も同じことはしているが#name#はその頻度が顕著だ。クセなのかと思ったこともあったが、そういう理由があったとは…。 頭の片隅で不思議に思っていたことが解消されて納得していると、当の#name#は困ったように笑いながら「うん、結構大変なんだ」と口にして、傷のない右手に視線を落としていた。 かと思えば、ぱっと顔を上げて言う。 「でも、いいこともあるんだよ? 手が冷たい人は心があったかいって言うの。だから手が冷たい分、私の心はあったかいってわけ」 そう言いながら#name#は低い位置にある右手を“ぴーす”? とやらの形にして自慢げに笑った。果たしてそんな不確定的なことが“いいこと”に入るのかは分からないが、#name#は少しばかり満足げだ。 「じゃあ反対のおれの心は冷てえって言いてーのか?」 「んー、どうだろ?」 「そこは否定しろよ」 少しからかうようなつもりで言ったにもかかわらず#name#にはあっさり流されてしまった。それに思わず口を出せば、#name#は小さくも「あはは」と声に出すほど楽しげに笑う。対しておれは呆れたようにわずかなため息をこぼした。 ――やがて再び訪れる、沈黙。でもさっきのそれとは少し違って、そこに変な気まずさはなくお互いが静かに#name#の左手の辺りをぼんやりと見つめていた。 傷の応急処置に負われてなにも考えていなかったが、おれはいま、#name#の手を掴んでいる。そのことにようやく意識が回り始めると、なんとなく、こっ恥ずかしいようなそわそわとした感覚が体の奥底から込み上げてくるような気がした。 ああ、くそ。意識なんてするんじゃなかった。つい後悔のような思いを抱いたその時、#name#の手がわずかに動かされてその細い指がおれの手を撫でるように触れた。 思わずドキ、と鼓動が響く。同時に#name#の表情を窺えば、#name#は微かに光を揺らす潤んだ瞳で静かにおれを見つめていた。 その蠱惑的とも思える瞳と視線が絡んで、思わず息を詰まらせるような感覚に襲われる。未だゆっくり、けれど確かに音を立てる鼓動を鼓膜に響かせながらただ静かに見つめ返していれば、#name#はその柔らかそうな唇を薄く開いた。 「ねえ犬夜叉…手、握って?」 「は…? に、握るって…」 「いいから。ほら、早く…」 唐突な要求に戸惑うおれに有無を言わせないよう強引に求められる。ほんのりと頬を上気させる#name#の艶やかな瞳に息を飲んだおれはとても断れる気がしなくて、段々とやかましくなっていく鼓動を気にしないようにしながら、言われたとおりに#name#の手を包むよう握ってみた。 こっ恥ずかしさももちろんあるが、なにより傷に響くんじゃないかと思って力を入れられない。 だからやんわりといった程度でしか握れなかったのだが、そのせいか再び手元へ落とされた#name#の視線がどこか物足りなさを訴えるようなものに見えて。さらにそれを表すように#name#の手に力が込められる。 「もっと、ぎゅってして…」 「こ、これ以上は傷が痛むだろ」 「大丈夫…だから、握って」 おれが気を遣って止めようとするのに対して、#name#は構わず手を見つめながら縋るように促してくる。そうは言っても痛みは感じるはずだ。そう思っておれはつい躊躇うように#name#を見ていたのだが、おれを覗き込むように見上げてきたその瞳と視線が絡まった途端、胸のうちの躊躇いを押し潰されるような錯覚があった。 そうして申し訳程度の躊躇いを隅に残しながら、握る手に緩やかに力を込めていく。 「こ…こんなもんか…?」 「…違うよ。こうやって…こっちの手も、握って…」 言われたとおりにしてみたつもりだがまたも不満を漏らされたと同時、#name#の指がおれの指の隙間に滑り込むよう絡み付いた。それも左手だけでなく、右手まで繋ぎ止めるように。 思わぬ密着に一層ドキ、と強く鼓動が響く。#name#は目を潤ませるまま淡く頬を染めて、絡み合うおれたちの手を見つめていた。 きっと一秒だとかほんの短い時間なんだろうが、訪れた静寂が時間を異様に長く感じさせる。鼓膜のすぐ裏で鳴ってるんじゃないかと思うくらいやかましい鼓動が耳を、頭を一気に支配する。これだけ静かだと、目の前の#name#に聞こえちまうんじゃないか。密着する手のひらから伝わっちまってるんじゃないか。このままだと手汗でベタベタになっちまいそうだ。おれはこのあとどうすればいい? #name#は一体なにを思ってこんなことしてるんだ? ぐるぐるぐるぐる色んな思いが巡る中、その思考を止めたのはさらに優しく握られた柔らかな感触だった。 「犬夜叉は…手も心も、あったかいよ」 ぽつり、唐突ながらゆっくりと小さく囁かれる。突然のことでその言葉の意味の理解が遅れそうになったが、それはさっき話していたことの続きだろうか。おれの心が冷たいのかと聞いた、その続き。 そうだと勝手に判断したおれは肯定的な#name#の言葉になんとなく気恥ずかしくなって、ついそっぽを向くようにして言い返した。 「そ…それじゃ、あの話はなんだったんだよ」 「あれは私の話。犬夜叉は…別」 変わらず繋いだ手を見つめるまま#name#は小さく呟くように言う。普段よりもゆっくりと慎重に紡ぎ出される言葉はやけに耳に残るような気がして、なんだそれ、と納得いかないような気持ちを抱くことでさえ時間がかかってしまう感覚があった。 おかげでおれの口から反論の声が出る前に、俯きがちな#name#が薄く口を開く。 「……犬夜叉は…特別、だから」 どことなく“特別”を強調するように、小さくも確かに生み落とされた言葉。蚊の鳴くようなか細い声だったにもかかわらずしかと耳にしたおれは、まるで呼吸が止まってしまったかのように声を失っていた。 なんだよ。その特別ってどういう意味だ。さっきの話の例外的な意味なのか? それとも#name#がおれを特別だと思ってるのか? どちらとも取れるようなその言い種に鼓動がことさら大きく響くのを感じる。その真相が知りたくて、つい確かめるように#name#の表情を盗み見た。 そこに見えた#name#は、これまでよりも一層頬を赤らめて恥じらうようにしおらしく目を潤ませながら、それでも真っ直ぐに、どこか訴えかけるように、縋るようにおれを見つめている。 それが、答えを物語っているような気がして。確信を抱いたような不思議な感覚が心臓がより強く大きく脈打たせた――その瞬間、どこからともなく「へっくしょん!」と聞き馴染みのある声、否、くしゃみが響き渡る。 再び心臓が別の意味で跳ね上がると同時に咄嗟に音の元へ振り返ってみれば、茂みの陰で七宝の口を押さえるかごめと弥勒と珊瑚、全員と目が合った。 「悪い犬夜叉。こちらのことは気にするな」 「気付かなかった振りして続けて」 弥勒とかごめが続けざまに言いながら、さあどうぞ、と言わんばかりに手のひらを向けてくる。なにごともなかったように振る舞うその姿に羞恥心と怒りで顔が熱くなるのを感じ、わなわなわなと震わせる拳を強く握りしめた。 「てめーら…こそこそ覗いてんじゃねーーーっっ」 胸のうちに溜まっていたいろんな感情をまとめて爆発させるように怒鳴り上げながら駆け出す。その瞬間慌てて逃げ出す弥勒たちを追い回そうとしたのだが、背後から「犬夜叉っ」と声を掛けられて。遠ざかるあいつらを尻目に、恥じらうよう視線を落とす#name#へ振り返った。 「…また…二人きりになれたらいいね」 俯きがちな視線を上げながら、控えめに告げられた言葉。その瞬間心臓が痛いくらいの鼓動を響かせるとともに、その苦しさにぎゅ、と唇を結んでしまった。 「……時間くらい、作ってやらあ」 嬉しいような、照れくさいような、ずっと#name#のペースに巻き込まれて悔しいような。そんな複雑な気持ちを抱えながら、そっぽを向いて呟くように言ってやる。するとその返事を予想していなかったのか、#name#は驚いたようにおれを見つめていて。 わずかな間を空けてようやく返された「うんっ」という短いその声は、これまでのどんな時よりも嬉しそうに弾んでいるような気がした。そんな錯覚を抱くことさえ、むず痒いようなこっ恥ずかしさに包まれる。 一方的だと思っていたおれのこの片思い(きもち)は、どうやら形を変えてしまいそうだ。 - - - - - - 二人の思いが交わり、片思いではなくなっていく。そんなお話でした。 スピカさま、大っっっ変長らくお待たせいたしました…!! 本当に長い間お待たせしてしまって申し訳ございません!! リクエストの『両片思いでやきもきするお話』、いかがでしたでしょうか…!? 今回“両片思い”ということで、書き始めた時に読んでいた某心がヤバイ漫画のような甘酸っぱい空気感で書けたら…と思い、こんな形になりました。本当に構想を練り始めた頃は某漫画の方も両片思いだったのに、気付けば交際始めちゃってますね…。それだけお待たせしてしまったんだと分からされて本当に頭が上がりません…すみません…。 思いつくままあれこれ書いていたら思ったより長くなってしまって自分でもびっくりしているのですが、少しでも甘酸っぱい感じになっていたら、楽しんでいただけていたら、スピカさまの思い描くお話に近付けていましたら幸いです…! それでは改めまして、本当に遅くなってしまって申し訳ないのですがこのたびは『90万打突破記念企画』にご参加いただきましてありがとうございました! これからもどうか当サイトをよろしくお願いいたします!