まどろみのまにまに

昼下がりの現代。かごめの帰りを待つ彩音は居間に座って一人ぼんやりとテレビを眺めていた。といっても、この時間は再放送やテレビショッピングといった面白みのない番組ばかり。それを真剣に見る気にはなれず、ただ無気力にテーブルにしなだれるよう腕と頭を乗せている。 テレビがつまらないこともそうだが、なにより今日はいつもしているお手伝いの掃除を境内だけでなく石階段まで頑張ったことによる疲労が彩音の体を脱力させていた。さらには食後で腹が馴染んできたことも相まって、急速に眠気がのしかかってくるのを嫌でも痛感させられる。 思わずふああ…と大きなあくびをしてしまうと、傍にいた猫のブヨが同様にくあ、と大きな口を開けた。 「ふふ、ブヨにあくびがうつっちゃった?」 そう言って笑いかける彩音が「おいで」と手を差し伸べると、ブヨはゆったりとした動きで歩み寄りその手に頭を擦りつけてくる。 ここで過ごす時間も長くなってきたからか、ブヨもずいぶんと懐いてくれた。それを実感するとつい口角が上がってしまうのを感じながら、ブヨに寄り添うようそっと畳の上に体を横たえた。 鬱陶しがられて逃げられるかと思ったが、それでも逃げないブヨを彩音は緩慢な動きで愛おしげに優しく撫で下ろす。 「ねえブヨ、かごめが帰ってくるまで一緒に寝る?」 どうせ居間には自分だけ、テレビも見るものがないしやることもない。それを思ってはいっそ眠ってしまおうかと思い至ったのだ。つまらないテレビを消して、時計の音だけが聞こえる静かな部屋で同じ目線にいるブヨを撫で続ける。 次第に喉をごろごろ鳴らし始めるブヨは気持ちよくなってきたのか、座り込んだまま体を深く畳に沈めた。それすら愛おしくてふふ、と笑んだ彩音はゆったりと、一定のペースでブヨを撫で続ける。 ――けれど、その手はいつしかブヨの背中に乗せられたまま、ぱったりと動きを止めてしまった。 日暮家の玄関が少しばかり荒っぽい開閉音を鳴らす。そのままぺたぺたぺたと足音を鳴らして家に踏み入ったのは、戦国時代から二人を迎えにきた犬夜叉であった。 そろそろ帰ってきてもいい頃合いのはずだが、どうやらかごめはまだいない様子。それを玄関の靴の数から悟った犬夜叉は、また友人と道草でも食っているのかと呆れの感情を滲ませた。 それならここにいる彩音と適当に過ごして待つか。そう思って上がり込んだ犬夜叉は匂いを頼りに彼女がいる部屋を突き止めた。 「おい彩音…」 襖を開けるとともに投げかけようとした声が萎む。 やけに静かな部屋。その違和感に口を閉ざしてしまいながら視線を巡らせてみれば、そこには座布団を枕にして横たわる彩音とその腕の中で丸くなるブヨの姿があった。 「…なんだ、寝てんのか」 テレビもついていない状況と一向にこちらを向かない彼女にそれを悟っては、音を立てないよう静かに襖を閉めて傍へ歩み寄る。そのままそっと顔を覗き込んでみれば、彩音はずいぶんと穏やかな顔をして小さな寝息を立てていた。 これはかなり寝入っていそうだ。少し珍しいくらいの彼女の安心しきった無防備な姿にそう感じていると、ふと、視線が彩音の腕の中へと吸い込まれた。 そこに見えたのは彼女にぴったりと寄り添う形で丸くなるブヨの姿。どうやら彩音が寝てしまったあとに動いて密着したようだが、それがまるで彩音に抱きしめられているような状態になっていた。 …なぜだろう、その様子を見ているとなんだか無性に気に食わないのは。 たまらず身を低くしてブヨと視線を合わせると、じとー、と目の前の猫を睨んだ。だが薄っすらと目を開けてこちらを見たブヨは、そのままなにごともなかった様子で再び目を閉じてしまう。 「なっ。こいつ…」 まるで眼中にもないと言われているような気がしては、つい込み上げるままの声を漏らしながら拳を握り締めそうになった。 けれどそんな時、ブヨが静かに立ち上がったかと思えばぐぐぐ…と体を伸ばして大きなあくびをしてみせる。そうしてついには犬夜叉なんて見えていないかのように、呆気なく彩音の腕から抜け出してすたすたすたと歩いていってしまった。 「…なんでい。澄ました顔しやがって…」 しれっとその場を立ち去り部屋の隅で座り込みながらぺろぺろと顔を洗い始めるブヨについそんな小言を漏らす。 その時、不意に髪の毛を触られる感触がして驚くまま振り返った。起きたか、そう思って顔を覗き込んだのだが、犬夜叉の髪を触る彼女はどうやらまだ寝ている様子。だというのにどうしてか手は彷徨うように、犬夜叉の髪を辿るように、ついには頭を撫で始めた。 (な、なんだこの状況…) 猫に目線を合わせていたとはいえ身を屈めている自分、その頭を寝ながら撫でている彩音。傍目に見れば奇妙なことこの上ない状況に当事者ながら困惑の念を抱いてしまう。 きっと彩音はいなくなったブヨを探して手を伸ばしてきたのだろうが、まさか頭を撫でられるとは。その手付きによるものなのか、彼女に撫でられているという状況からくるものなのか、どことなくくすぐったい思いを胸のうちに燻らせながら唇を真一文字に結んだ。 起こすべきだろうか。でもこの手が離れるのはなんだか惜しい気もする。揺れる思いを抱えながら、こうなってしまった原因であるブヨを見やれば、それは全く意に介さない様子でまたも大きなあくびをこぼし、緩慢な動きで体を丸めていた。 そんな時、頭を撫でていた手が緩やかに動きを止めると同時に「んん…」と微かな声が聞こえてくる。 「ん…あれ…犬夜叉…? …ブヨは…?」 ようやく目を覚ましたらしい彩音が顔を上げるとともに自身の周りを見回す。その姿に彼女の意思でブヨを抱いて寝ていたのか…と気づかされると、やはりなんだかブヨへの嫉妬心が燻ぶってしまう。 「あいつならあっちで寝てるぜ」 「あ、ほんとだ。一緒に寝てくれたと思ったのに…」 「ふん。暑苦しかったんじゃねーか?」 少し残念そうに肩を落とす彩音に犬夜叉はやはり複雑な思いでぶっきらぼうに言い捨てる。 そんな彼の機嫌に気がついた彩音は、けれども原因が分からず小さく首を傾げるとまじまじと犬夜叉の姿を見つめた。 「…ていうか、なんで犬夜叉はしゃがんでるの?」 「べっ、別に…こうしたかっただけでい」 威嚇とまではいかないもののブヨに圧をかけるために目線を合わせた、などとは言えるはずもなく、その質問から逃げるようにぷい、と顔を背けながら言う。さすがに無理がある言い訳だったが、彩音は「ふーん…変なの」とだけを口にして幸いにも追及はしてこなかった。 それにほんの少しの安堵感を抱いていると、彩音が起こしかけていた体を再び横たえてブヨの方へ手を伸ばしながら言う。 「不思議だよねえ…猫って撫でてるとすごく眠くなってくるんだもん。今日は掃除もいっぱいして疲れたし、余計に…」 言いながら込み上げてきた大きなあくびに声を遮られる。 どうやらまだ眠気は取り払えていないようだ。それが分かる姿に一度黙り込んだ犬夜叉は体を横向きにして転がり直すと頬杖を突きながら言った。 「まだ眠いならもうちょっと寝てろよ」 「え、いいの? 早く戻ってほしいから迎えにきたのかと思ったのに…」 「どうせかごめを待たなきゃいけねーだろ。それまでは許してやるよ」 「えー、意外…それでも戻る準備しとけ、とか色々言われると思ってた」 せっかく休むことを提案したというのに、どうしてか彩音からは疑いの目と驚きを感じさせるような声色を向けられる。さすがにそれには「……」と時が止まったように黙り込んでしまい、すぐに確かめるよう彩音へ向き直った。 「…おれっていつもそんなに急かしてたか?」 「うん」 自覚はなかったが、間髪入れずに頷いてみせる彩音の返答に思わず言葉を失って口を閉ざしてしまう。 まさか、そんな風に感じさせていたとは。予想外の反応と事実に困惑のような衝撃を受けてしまっては、次の言葉が出ないまま固まってしまった。 ――が、すぐさま誤魔化すように背を向けて 「いいから、寝たいなら寝ろっ」 と乱暴に言い放ちながら寝る姿勢をとってみせた。 そんな彼の姿に彩音は苦笑してしまいながら言われた通り休もうと体を転がしてみる。けれど、なんとなく物足りなさを感じて。もう一度抱きしめられないかと考えては、部屋の隅で丸まっているブヨに手招きしながら呼びかけた。 「おいで、ブヨ。一緒に寝ようよ」 手招きに次いで自分の傍をとんとん、と叩きながら呼んでみるが、ブヨは尻尾を一度持ち上げただけで目も開けてくれなくて。一切興味がない様子をまざまざと見せつけられては、つい唇を小さくへの字に曲げてしまった。 同時に、犬夜叉から「へっ、」と笑い飛ばすような声が上がる。 「相手にもされてねえじゃねーか。大人しく一人で寝ろってこった」 「え~。でもさっきまでブヨがいたからなんか欲しい気がするし…」 納得のいかない#name#はそう不満げにぼやくが、ふとなにかを思いついた様子で「あ、そうだ」と口にすると横たえていた体を少し起こした。かと思えば背を向けて転がる犬夜叉の側に身を寄せて転がり直し、彼の頭を緩やかに抱くように腕を回した。 「!? なっ…」 「うん、思った通りちょうどいいや。これなら寝られそう~…あ、もし嫌だったら言ってね」 突然の抱擁に驚き戸惑う犬夜叉に対して彩音は落ち着いた様子でそう声を掛けてくる。 まさか自分が抱きしめられることになろうとは。予想だにしなかった出来事にドギマギとしてしまうが、もちろん嫌だなんて思うはずがない。けれどどうしても恥ずかしさが勝ってしまい、「い、嫌じゃ…ねーけど…」と口籠るように呟くことしかできかった。 すると彩音はどこか安心したような声色で「ならよかった」と口にしながら、そっと犬夜叉の頭を、髪を梳くように撫で始める。 彼女の細い指が柔らかくも弾力のある白銀の髪の中をするすると通っていく。 「犬夜叉の髪ってふわふわしてるよね。気持ちいい…ほんとに犬みたい」 「それ褒めてねーだろ」 「えー、褒めてるのに」 犬夜叉が咎めるように言えば、彩音は不服そうな言葉を選びながらもどこか楽しそうな声色で言う。 もちろん犬夜叉にとってそれは誉め言葉とは思えないのだが、彼女が満足しているからか不思議とこれ以上否定する気も怒る気も湧かなくて。まあ今だけは許してやるか、なんてことさえ思えてしまっていた。 本当ならば抱きしめられていることも、撫でられていることも、至近距離に吐息を感じることも、すべてが恥ずかしいような落ち着かないような感覚にさせるというのに。だというのに、ずっとこうしてくれないかと、このままでいてくれないかという思いさえも同時に抱き始めていた。 きっとこんな感覚にさせられるのは彼女だけだ。彩音だから鼓動が高鳴ったり、無防備なくらい安心できるんだ。 ――なんて、自身の感情を再認識するような思いを抱いていた時、ふと髪を撫でていたはずの彩音の手が止まっていることに気がついた。 なにか思うことでもあったのか、そう疑問に思って呼びかけようとした刹那、ふと耳のすぐ後ろで微かな吐息が聞こえた。 先ほどまでの会話していた時のものとは少し違う、小さくか細いものながらわずかに際立って聞こえる呼吸音。もしかして、とよぎらせてはしばらく耳をすませてみるが、規則正しい呼吸音以外に聞こえるものはなにもなかった。ただ小さく、柔らかにこぼれる吐息だけが耳元をくすぐっている。 (もう寝たのか…) 彩音の手が髪に触れているため振り返ることはできないが、それでも分かるほど安らかに繰り返される寝息に確信と、思ったよりも早かった就寝へのわずかな驚きを抱かされる。 確かに寝ろとは言ったが、まさかこれほど早く寝てしまうとは。思い返せば先ほど“今日は掃除もいっぱいして疲れた”なんてことを口にしていたし、よほど疲れていたのだろうか。 そう察しては“寝ろ”と促したのは正解だったかもしれない、と一人静かに納得する。 まだかごめを迎えにいくまで時間はあるし、このまま寝かせておいてやろうとさえ考えては静かに肩の力を抜いて畳に沈み込んだ。 本当は彩音を寝かせている間、自分は起きていてブヨをいじるなりなにかをして過ごすつもりだった。そうすればかごめを迎えにいく時刻に彩音を起こし、スムーズに行動できると思っていたから。 しかし頭を抱え込まれて眠られては動くことも叶わず、もう諦めた様子で彼女同様に転がっているしかなくて。どうすることもできず、ただ静かに転がったまま背後の彼女を感じていた。 ――そのせいだろうか、いつしか犬夜叉までもが瞼に重みを感じ始めたのは。 耳元に感じるあまりにも安心しきった様子で気持ちよさそうに眠る彩音の寝息、柔らかく回された腕と髪に触れる手の温もり、そしてなにより、彼女がすぐ傍にいるという安心感――それらが犬夜叉をも眠りの世界に誘おうとするのだ。 だが犬夜叉はそれに抗うことはせず、素直に受け入れるようそっと目を閉じて。やがて自分を包み込む彩音の匂いを感じながら、ゆっくりと静かに睡魔の手を取った。 「彩音ちゃん。ちょっといいかしら……あら」 夕飯の味見を頼みたかったのだろう、味見用の豆皿を手にふすまを開けたかごめの母が目を瞬かせる。その視線の先に子供のような寝顔を見せる犬夜叉と、その頭を撫でるようにして眠る彩音が並ぶ不思議な光景があったからだ。 そんな二人を目の当たりにしたかごめの母は込み上げてきたものをこぼしてしまうように小さな微笑を浮かべる。 「二人とも、本当に仲がいいのね」 ついそんな言葉を口にしたかごめの母は温かな視線を二人へ向ける。そして持っていた豆皿を近くのテーブルに置き、別室から持ち出した布団で二人を優しく包み込んだ。 ――穏やかな昼下がり、二つの寝息はかごめの母に見守られるまま安らかに繰り返されていく。

- - - - - - とある日の現代でのお話でした。 このお話、実家の猫を撫でている時に思いつきました。笑 猫って撫でていると不思議とこっちが眠くなっちゃいますよね…。それを書こうと思っていたのに、気がついたらすでに眠いヒロインとブヨがお昼寝するという順序無視のスタートになっていました…。おかしいですね。笑 でも、おかげで現代で過ごしている時間のお話が書けてよかったです。 現代で過ごしている様子とかはもっとなにか書きたい気もするので、他愛のない別パターンのお話も書けたらいいなぁと思います。 なにかいいネタないかな…猫がくれないかな…。

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