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――大きな泣き声が響き渡る。それを聞きながらようやく呼吸が落ち着いてきた頃、ぼんやりとした目で天井を見つめていればそこに重なるように白っぽい銀髪を揺らす女性が映り込んだ。 「よく頑張ったな、志紀」 傍へ腰を下ろしたお母さまが激励の声をかけてくださる。喪失感さえ覚えるほどの疲労の中、「ありがとうございます…」と声を振り絞ってはゆっくり振り返った。するとそこに見えたのはお包みを纏った二人の小さな小さな子供の姿。私の子供。男の子と、女の子。双子だった。 ついさっきまで自分の中にいたその子たちを確かにこの目で見た途端、じんわりと涙が込み上げてくるような安堵感が胸に広がった。 「私…無事に産めたんですね…」 「ああ。どちらも元気に泣いておる」 そう言いながらお母さまは息子を抱き上げ、私の腕の中へそっと降ろしてくれる。すっぽりと収まってしまう、本当に小さな体。あまりにも華奢な体にひやひやとするような、むしろ愛おしいような不思議な感覚を抱いてしまう。 見れば息子には私の、娘には殺生丸さまの髪色がすでに見えていた。 「ふふ、やっぱり私たちの子なんだ…」 「なにを当たり前のことを言っている」 「あ…殺生丸さま…」 ふと向けられた声に顔を上げてみれば殺生丸さまがそこにいた。お母さまが呼んでくださっていたようで、お母さまと入れ替わるように傍へ腰を下ろした殺生丸さまは、私と同じようにお母さまから娘を向けられていた。最初こそは「寝かせておけ」とお母さまに言っていた殺生丸さまだけど、やがてお母さまの押しに折れるようにそっと子供を受け止めて、静かにその視線を落としている。 「…小さいな…」 「本当に…生まれたての子供を見るのは、初めてです」 そう言って小さく笑えば殺生丸さまも釣られるように笑んでくれる。 一人っ子の私は弟や妹なんていなくて、生まれたての小さな子供を見るという経験をしたことがなかった。その初めてがまさか自分の子になるとは思ってもみず、なんだか不思議な感覚の中で私はただ静かに子供の姿を見つめていた。 するとその静けさに段々落ち着いてきたのか、大きなあくびをこぼした子供はいつしか安らかな寝息を立てて静かに眠りについてしまう。 そんな姿にも、自然と笑みが浮かんでくる。目を伏せる我が子の柔らかな頬をそっと撫でてあげながら、愛しいその顔を眺めた。そんな時、なんだか既視感のようなものがぼんやりと私の中に芽生えてくる。 「この子の目元…殺生丸さまに似てますね」 「こっちは志紀に似ている」 「そうですか? でも…顔の形なんかは殺生丸さまそっくりですよ」 二人の子供と自分たちを見比べて、つい笑い合う。私や殺生丸さまに似ている箇所を見つけるたびに自分の子供だという実感が湧いて、その都度愛おしさが増してくるような気がした。 なんて幸せなんだろう、たまらずそんな思いを浮かべてしまうと、傍で私たちを見守っていたお母さまが目を細めて言った。 「我が子というものは愛おしかろう。初めての産はどうであったか? やはり、きつかったか?」 「はい…やっぱり未知の世界でしたから…でも、なんだかあっという間だったような気がします」 「そうだな。この先、成長もあっという間であるぞ」 そう言いながらお母さまは殺生丸さまを見てくすくすと笑う。私もそれに釣られて笑いながら「そうですね」なんて言っていると、ふと廊下の方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。それはどうやら一直線にこちらへ向かってくる。 「志紀お姉ちゃんっ。もう産まれた!?」 「こらっ、りん! 静かにせんかっ!」 勢いよく飛び込んでくるりんちゃんに続いて、ひどく焦った様子の邪見が駆け込んでくる。けれどそんな彼の焦りとは対照的にりんちゃんの表情は明るく、とても嬉しそうなものだった。 実はりんちゃんはこの数ヶ月、いつでも人里に戻れるようにとかごめちゃんの知り合いである楓さんの村に預けていた。私と一緒にお屋敷に残ってもよかったのだけど、年頃のりんちゃんをこれ以上妖怪だけの場所に留めておくのはよくない、ということで殺生丸さまが却下したのだ。けれど今日は私が産気付いたため、邪見がりんちゃんを呼びに行ってくれていたらしい。 なんだかんだと言いながら、やっぱり邪見もりんちゃんのことが放っておけないんだな。なんてことを思いながら、その賑やかさに起きてしまった子供を不慣れな手つきであやしてあげた。 「ごめんなさい…起こしちゃった…」 「大丈夫だよ。それより来てくれてありがとう、りんちゃん」 肩を落とすりんちゃんにお礼を言って笑いかけてあげれば、その表情はまたぱあ、と花咲くように明るくなる。 りんちゃんが村に行ってからもたまに会ってはいたけれど、最近は体調が優れなかったりしてあまり会えないことが増えていたから、こうして久しぶりに会えたことがよほど嬉しいらしい。 私も元気なりんちゃんを見られたのが嬉しくて、なんだか元気を分けてもらえるような気さえする。そんな思いを抱えながらりんちゃんに「見る?」と子供を向ければ、りんちゃんはどこか緊張したように背筋を伸ばしてお包みの中を覗き込んできた。 「志紀お姉ちゃん、二人も産んだの? すごいねえ。…赤ちゃんって小さいね、邪見さま」 「ふ、ふむ。まあその、なんだ、志紀にしては頑張ったようだなっ」 「うわあ…邪見、むかつく」 いつまで経っても上から目線のままの邪見に率直な感想を述べてはジト目を向けてやる。素直におめでとうも言えないのか、といつもの調子で思ってしまった時、ふとりんちゃんが心底不思議そうな顔をして邪見を見つめ始めた。 「ねえ邪見さま。志紀お姉ちゃんのことそんな風に言ってていいの? みんなに怒られない?」 「え゙」 至極真っ直ぐに、純粋に投げかけられた言葉に邪見の顔色が変わった。かと思えば目に見て取れるほど大きくたじろぎ始めた。 確かにりんちゃんの言うことは一理ある。私はいま殺生丸さまの正妻としてここにいるわけで、殺生丸さまの従者である邪見は本来私にも下手に出なければならない立場になったはずなのだから。 もちろん私たちはいままでのことがあるから、邪見のこの態度も減らず口もなんとも思わない。けれど、それを知らない人たちからすれば“なんて偉そうで失礼な従者なんだ”と思われ兼ねない状態なのだ。 それを思うと改めさせるべきかと思うのだけど、私に対して下手に出る邪見の姿を想像するとなんだか気持ち悪くて、得も言われぬ寒気すら覚えるような気がしてくる。周りには説明しておけばいい、そう思った私は顔をしかめながら遠慮するように邪見にひらひらと手を振ってみせた。 「これまで通りでいいよ…いまさら改められても気持ち悪いだけだから…」 「な゙っ、気持ち悪いは余計だっ!」 素直に言ってやれば邪見は途端に跳び上がるように反論してくる。けれどその声が大きくて、やっと落ち着いた子供たちがまた泣き出してしまったものだから即座に殺生丸さまの鉄拳が飛んだ。 もはや懐かしさすら感じるこの光景。子供をあやしながらも思わず涙がにじむほど笑って、久しぶりに心置きなく楽しく過ごしていた。