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「遅かったな!」 志紀が部屋を出てすぐ、喚き立てた猛丸が叢雲牙を振るってくる。こちらも闘鬼神でそれを受け止めれば見覚えのあるものが視界に入った。叢雲牙を握る猛丸の左腕――鎧に覆われてはいるが、それは確かに身に覚えのあるものであった。 「その左腕…」 「そうさ、お前の腕だ…返してほしいか?」 「いらぬ!」 そう言い放ち押し込むが、奴が叢雲牙を一瞬翻したことで私の手から闘鬼神が弾き飛ばされた。後方へ消えるそれに振り返ることもしなければ、猛丸はまるで追い詰めたと言わんばかりに私の眼前へ叢雲牙を突きつけてくる。 「ふふふ…どんな気分だ? 自分の腕に殺されるというのは…」 「…所詮貴様はその程度か…」 「…なに?」 「叢雲牙に操られているのにも気付かず、それを自分の力だと思い込んでいる哀れな亡霊だ…」 そう告げてやれば猛丸の表情は分かりやすく歪んだ。 「黙れっ! 貴様の父親から受けた屈辱を返してやる!!」 激昂した猛丸は強く引いた叢雲牙を突き込んできた。身を屈めそれをかわした私はその寸の間に闘鬼神の場所を確認し、即時駆け出す。だがそれを先回りせんとする猛丸に阻まれた。 単純な奴だ。私の狙いは始めから闘鬼神ではない。 身を翻し志紀が置いていった天生牙を掴み取っては腰に差す。そして柄を強く握りしめ、勢いよくその身を露わにしてやった。 「光栄に思え…貴様は父上の牙で倒してやる…」 天生牙を向けた先で猛丸がギリ…と歯を鳴らした。そのまま弾かれるように私へ叢雲牙を振り降ろしてくるがそれを受け止め、それでも留まることなく振るってくる剣を幾度も防いでやる。 ――その刹那、階下から志紀の悲鳴が聞こえた気がした。 下でなにかあったか。思わず視線を階段へ傾けた刹那、天生牙へ強く打ち付けられる衝撃が走った。 「そんな人も斬れぬ刀になにができる!?」 「人は斬れぬが、屍は斬れる!」 なにも知らぬこやつに告げながら身を翻し、大きく天生牙を振るう。その瞬間確かな感触とともに猛丸の断末魔を聞けば、両断されたそれは青い体液を散らしながら力なく崩れ落ちた。 呆気ない。そう思いかけた時、叢雲牙がポウ…と光を放った。それに次ぎ猛丸の体が互いを引き寄せ合うと、断ち斬ったはずのそれが再び結合していく。 「くくくく…どうした? 屍すら斬れぬか!」 怯む様子もなく鬱陶しいまでの笑みを浮かべた猛丸が起き上がり、再び叢雲牙を振るってきた。 私はそれをただ打ち返すが、まるで嘲笑うかのような猛丸の不愉快な声が響かされる。 「どうした殺生丸! 親父の牙が泣いてるぞ!」 「!」 強く振り切られたそれをかわした私の脳裏に、かつての父上の姿が甦った。人間の女を助けに行こうとする、父上の最期の姿。 『お前に守るものはあるか…』 (父上…) 私の中にわだかまりのように残された父上の言葉。それを思い返していたその時、叢雲牙を大きく引く猛丸の姿が見えた。咄嗟に天生牙で軌道を逸らすが、過去に気を取られていた私の肩に叢雲牙の刃が突き込まれる。 ――その直後、不意に風の匂いが変わった。それと同時に現れた衝撃破が猛丸を襲い、辺りは瞬く間に静けさを取り戻す。 「はあはあ…相変わらず鼻だけはいいみてえだな…風の傷の臭いを嗅ぎ取りやがったか。せっかくてめえごとぶった斬ってやろうと思ってたのによ」 「貴様の風などそよ風ほどにも感じぬ…」 砕かれた猛丸の体が再生する中、生意気な口を聞きながら現れたのは犬夜叉だった。ようやく辿り着いたようだがこやつの存在など邪魔なだけ。息を切らすほど疲弊しているのなら、おらぬ方がマシだ。 「兄弟仲良く父親の仇討ちか…物の怪にも人並みの情があるとはな…」 「そう言うてめえは化け物じゃねえか!」 犬夜叉は猛丸の言葉に血相を変えて飛び掛かる。 あれもまた、単純すぎるうつけだ。果敢に向かってはいるがあれの力では敵うはずがなく、刃を交えては鍔迫り合いとなっていた。 「ふふふ…お前を見ていると十六夜を思い出す…」 「……!?」 「私を捨てた挙句、貴様のような半妖を生んだ愚かな女…よく聞け犬夜叉…私はお前の母親を黄泉の国へ送り出した男だ…」 ごちゃごちゃと煩わしい。私は闘鬼神を掴んでは愚か者どもへ強く投げ放った。それによって犬夜叉が猛丸から離れた隙に距離を詰め、叢雲牙を強く打ち付ける。しかし邪魔だと振り払った犬夜叉が割り込むようにして戻ってきた。 「どけっ!」 「下がっていろ!」 「やかましいっ。今度は抜け駆けさせねーぞ!」 そう言い放つ犬夜叉が割り込んだことでできた一瞬の隙のうちに猛丸が飛び退き距離を取る。奴は薄ら寒い笑みを湛え、私たちを見据えた。 「お前たち兄弟を同時に葬るまたとない機会…」 『猛丸よ、獄龍破だ…鉄砕牙と天生牙を滅せよ!』 「言われずとも分かっている…」 奴はその声に応えるように叢雲牙を掲げ出す。眩い光を放つ叢雲牙からは瞬く間に黒い煙のようなものが吐き出され、それがすぐに竜のような姿へ変貌した。 「させるかっ」 「往生際の悪い奴だ!」 「うおおおーっ!」 犬夜叉と猛丸が互いに振り上げた刃を叩きつけ合う。鍔迫り合いを繰り広げるそこからは、禍々しい色をした火花がいくつも散らされていた。 「諦めが悪いんだよっ。おれは!」 「なっ…バカな!」 犬夜叉に圧される猛丸の体が幾歩も後方へ下がっていく。それは叢雲牙でさえも驚愕に陥れているようだ。 『貴様、まだこんな力が…』 「この程度で驚いてんじゃねぇぞっ」 『妖怪ではあり得んことだ!』 「当たり前だっ。おれは半妖だぞ! どんな生き物よりも自我が強く欲望が果てしない…それが人間なんだろ!? その血が流れているおれだから諦めが悪いんだよ! それにな、人間って奴は、守るべきものがあると…その力は何倍にもなるんだよっ!」 鉄砕牙に光を纏わせながら言い放たれた言葉に耳を疑う。その時また、父上の姿が脳裏をよぎった。それに加えどうしてか、志紀の姿が浮かぶ。 「おかげでお前を倒せる! お袋には感謝してるぜ!」 「…十六夜!?」 犬夜叉に女の姿を見たか、猛丸が目を見開き驚愕の声を漏らした。その隙を突くように鉄砕牙を押し込める犬夜叉の雄叫びが響く。壁際に抑え込まれた猛丸の体は壁すら破り、その向こうの柱へ叩き付けられた。 猛丸が見開いた目を虚空へ向け呟く姿に叢雲牙は焦りの色を露わにする。 『猛丸…? どうした猛丸…!?』 「思い出した…私は十六夜さまを憎んでなどいなかったのだ…ずっと十六夜さまを…十六夜さまのことを…」 そんな声を紡いでいた猛丸は額の角を落とし、やがて砂へと帰して白骨だけを残した。砂埃が舞う中、犬夜叉の「終わった…」という声を耳にしながら私はそれの前へ歩み寄る。 手の中の天生牙が脈打つのに伴うよう、白骨の周囲をうろつく小鬼の姿が見えた。 私は静かに持ち上げた天生牙を一振りし、甲高い声でやかましく鳴く小鬼どもを一掃する。それらが完全に姿を消した頃、犬夜叉が吐き捨てるように「けっ」と声を向けてきた。 「なんのつもりだか知らねえが、こいつを倒したのはおれだからなっ」 「まだ終わってはおらぬ」 どうやら分かっていないらしいうつけに教えてやれば、かつての私の腕に握られる叢雲牙が怪しく光った。それがひとりでに浮かび上がるとやがて地響きを呼び起こす。 「くっ…しぶとい野郎だ!」 犬夜叉が鉄砕牙を向けたその瞬間、叢雲牙は左腕に掴まれたまま身を翻し柱を断ち切った。途端に城が崩れ始め、頭上から降らされた木材によって猛丸の白骨が砕け散る。 それを横目に、私は逃げ出した叢雲牙を追って城を飛び出した。 back